今回のブータン漆調査で大きな比重を占めていたのがラックです。
なぜ漆調査でラック?
というのも、ケンカルでも説明したように
ブータン漆器の木地は全て木工轆轤で加工されているのですが、
その木地を轆轤の回転軸に接着するのが、
染色をする人がラックの赤い色素を煮出した後の残りの樹脂
「ラチュ」だからです。
ラック染めのブロクパの赤いマントの上に置いてあるのが「ラチュ」です。
(色が微妙に違うのは、ラックの質の違いだと思います。)
2011年、2012年の気候不順で、世界的に(と言ってもアジアの特定地域だけですが)
ラック農家が激減している状況にブータンも例外ではないだけでなく、
敬虔な仏教徒が多いブータンでは、
ラック養殖は多くの虫を殺す殺生だという話が広まり
養殖農家は数件に減ってしまったということをいろいろな人から聞いていました。
最初にラック農家を見つけたのは2011年、ヤディ村です。
ガイドのTさんに、ヤディ村にラック養殖をやっている人がいるから、
探してくれということを言っておいたところ、
ヤディに近づく道すがら、通行人を捕まえて聞きまくり。
まずはこの若い女性。
ラック農家は知らないけど、ラックをつける木は知っているから
取ってきてあげると言って、
すぐ横の茂みにどんどん入っていきます。
あらびっくり。
ちゃんと鎌まで持っていたのです。素晴らしい。
この葉っぱの大きい青々した木です。
名前は「ツォ・シン」だと言いました。
"tso"はラック、"shing"は木の意味ですから、つまり「ラックの木」です。
この時はまだ学名はわかりませんでした。
さて、次はおばあちゃん。
背景にバナナの木があるように、ここが暖かい地域ということが理解できます。
このおばあちゃんが、知ってるよ、と家を教えてくれました。
何か作業中です。
大きなフライパンでトウモロコシを炒ってます。
後ろでは製粉中。
めちゃくちゃ忙しそうです。
次に、大きなミルク缶を運んできました。
これがご主人のKさんでした。
ブータン人が好んで飲む「ダウ」(チーズを取ったあとの乳清)でした。
お忙しいところのアポ無し取材は申し訳ないので、
乳清を人数分購入し、
やっとラックの話をしていただきました。
当時38歳だったKさんは三代目でラック養殖歴20年。
ラック養殖には技術と頭と中庸の気候が必要。
ラックをつける木はカンカルシンとツォシン。
5月に低い谷に下ろすが、その時はチャンバクタンシンを使う、
木は70本、田んぼの近くに植えている。どんな大きさの木も使う。
1gから1kgのラックが取れ、1年に50キロ採取する。
10月が採取時期で、11月にティンプーのサブジバザールで販売する。
夏にとれたラックは冬より質が劣る。
今、ラックのついた木のあるところに行くには
徒歩で1時間くらいかかるからダメだとのこと。
残念ですが仕方ありません。
というわけで、前年秋のストックから少量を分けてもらいました。
ガイドのTさんはカンカルシンのある場所を知っているというので
道中で教えてくれました。
標高がかなり下がった川の側です。
トゲのついた枝。インドナツメ(Ziziphus mauritiana)です。
葉の裏は真っ白。しかし、この時この木にはラックはついていませんでした。
この後、タシガンのチェックポイントの側では
インドナツメの花と実がありました。
ここにもラックはついていませんでしたが、
この時は、この木がラックの冬の寄生木だということは知りませんでした。
この後何度かKさんのお宅に伺いましたが、
去年はお留守で、奥さんにもお目にかかれませんでした。
今年久しぶりに伺ったものの、
やはりKさんは不在で、奥さんだけがおられました。
残念ながらKさんも3年前にラック養殖をやめてしまったそうです。
理由はやはり、殺生だからということ。
これがKさんの最後のラックです。
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2011年の調査は美術工藝振興佐藤基金、
2016年の調査はサントリー文化財団の助成で行われました。
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