2014年12月31日水曜日

ラックを訪ねて1500里(8)

インドに来て是非見たかったものの一つに、
ラックの腕輪(Lac bangles)作りがあります。

ラックは熱可塑性の性質を持つ樹脂であり、
ブータンやラオスなどでは、染料を煮出した後のラックは、
農具や刃物を木の柄に接着する接着剤として使われています。
さらにブータンの木地師はラックを使って
器を作る木地を木工轆轤の回転軸に接着します。
強い接着力、かつ、衝撃ですぐに取れるという性質をうまく利用しているのです。

ラマニ所長にはラック腕輪作りを見たいという希望を伝えていましたので、
まずは日曜日の午後、ラーンチーのメインロードという商店街に近い
Baba Lah Chudi Centerという腕輪(chudi)屋さんに連れて行ってもらいました。
こんな裏通りの商店街にあります。(青い看板の店)


店頭にあるのは結婚用の腕輪セットです。
右に壁、左もすぐ壁、奧はすぐに階段という、
ウナギの寝床どころかドジョウの寝床くらいの狭い店舗です。
町中にラックの腕輪のお店はここの他にも他の町にもたくさんありますが、
どこもこの程度の大きさです。

とにかくすごい数の腕輪が所狭しと並んでいるだけでなく、
どんどん下からも出て来ます。
手の大きさによって異なるサイズのものもあるのです。

これは、金属の腕輪の型の上に、ピンクのラメ粉を混ぜたラックを入れて形をつけ、
赤いビーズの大玉と輝くガラスを嵌めたもの。
婚礼用はこれでワンセットだとか。
赤は結婚している女性用の色だそうです。

全てが手作りで流行もあり、
次に来ても同じものはないよ、と言われても迷うばかり。
これらの腕輪のほとんどがインド北西部のジャイプールで作られているそうで、
作っているところは見られないと言われ、
サンプルとしていくつかを買ってみました。

数日後の、明日にはラーンチーを離れるという日、
ラーンチーに残ったたった一人の職人の作業を見せてもらえるということになり、
今度は研究所の色素分析担当のアルナブ博士が同行してくれました。
アルナブ博士もラーンチに赴任してまだ3年くらいで、
この店に来るのは初めてだそうです。

実は、先日の店の二階が工房になっていました。
この方がお爺さんの代からラック腕輪を作っているという
ラーンチーでたった一人になった職人さんです。

道具はこれくらい。(定規は私が持参の物を採寸のために置きました)

炭火で樹脂を炙って柔らかくして、鉄板の上で木のコテを使って延ばします。
奧にあるのは、そのラックを中に填め込むための金属の腕輪です。



一人がラックの輪をつくり、
もう一人がそれを腕輪の金具のくぼみに填め込むという分担です。

ラックを金属の腕輪の溝に隙間無く埋めているところです。


これは、階下の店舗で売っているような細かい細工を施すものでなく、
金属の腕輪の加飾部分が表になるもので、
腕にあたる側にラックを填め込むものでした。

日本人が珍しいせいか、 下の店からもう一人やってきて、
ラックを伸ばして何かを作りはじめました。

蛇ができました。

さらに曲げて、切れ端も加えて蛇の一家だそうです(笑)

1キロのラックに金属粉と秘密の素材を混ぜて
合計2キロにして使うそうです。
見ているだけだと粘土みたいで面白そうに見えますが、触ってみると結構熱いです。

このようにラックというのは
我々が知っている以上に様々な加工ができる素材のようです。
(あと少し続きます)

※この調査は生き物文化誌学会「さくら基金」の助成を受けて行われました。

2014年12月30日火曜日

ラックを訪ねて1500里(7)

再び日曜日のGupta Brothersの工場の後、
ラマニ博士は、南インドのチェンナイから避暑を兼ねて訪問している
息子さんの息抜きも兼ねてということもあるのでしょう、
近郊でのピクニックの場所としても有名な滝に行くことになりました。

12月後半で稲の収穫シーズンというのが、この地域の温かさを証明しています。

暫くするとある村落の中に入り、
なんか細い材木がいっぱい立てかけてあるなあ、と思っていたら
突然ラマニ博士が「ストップ!」と言って車を停めました。
慌てて車を降りると、そこでは

まさにラックの収穫中でした!

足下には切り落とした枝が。
これはクスムの木なので、クスミラックです。

この方は実は、20年くらい前にラック研究所でラック養殖研修を受けた受講生で、
ラマニ所長も顔は覚えている人だそうです。
なんという偶然。

クスムの枝からラックのついた部分だけを切り落とします。
残りの木は焚き付けにされるそうです。

枝にはまだたくさんラックがついていました。
ここの他の場所でもラックを採取しているグループがいました。
家族のビジネスですね。

滝に向かう道中では、Berの木もたくさん茂っていました。
そして、その実(インドナツメ)を取って袋に入れ、道端で売る子供達の多いこと。
(買わなかったので写真は撮れず)
ちょうど暑くも寒くもない日曜ということで、
その日滝に向かう観光客を宛て込んでのことでしょう。 

滝は現在の乾期は水量は少ないものの、
雨季には石の黒い部分だけでなく、
現在人がいる辺りが全て覆われてしまうくらいの水量の大きな滝になるそうです。
この日も観光バスも含め、かなりの人でごった返していました。

滝の手前の駐車場から滝に向かう道の右手にあった屋外食堂(後)と、
その手前で売られていた、「キャンドルスティックの花」と言う花と、
右手にはインドナツメの大きい実です。
道端で子供が売っていたものの10倍くらいの大きさです。
インドナツメにも種類がたくさんあるのだそうです。
(まだ続きます)

※この調査は生き物文化誌学会「さくら基金」の助成を受けて行われました。

ラックを訪ねて1500里(6)

さて、これらの工場に積まれていた大量のスティックラックは
どのように工場に来たのでしょうか?

土曜日のTajna Shellac Private Companyに行く道すがら、
道の右側にローカルマーケットが見えました。
ヨギ博士が、これは週に二度しか開かないマーケットなので、
帰りに時間があったら寄ってみよう、
時期柄、ラックを売っている店が出ているかもしれない、と言いました。
実際、写真なんか撮影している余裕もない程の混雑ぶりでした。

謎の木の枝は、歯磨きに使うものだそうです。

こんな怒濤の中を、ヨギ博士が周囲の人にラックを売っている人がいないか
あちこちで聞いて廻った結果、

市場の外れの影に、それらしき人が。

ちょうど地元のラック農家が収穫したラックを売りに来ていて
代金を渡しているところでした。

ということで、ヨギ博士が頼んでのやらせ写真(笑)
黄色い服の男の子がラックを持って来た子です。

彼が持って来たのは生のクスミラック。

こちらは乾燥したクスミラック。

生のは割ると手に赤い汁が着きます。
隣にいた人が"Insect blood, blood."と言います。
これを1キロ買おうとしたらヨギ博士に制止され、
やむなく半分の500gにしました。
乾燥すると400gになってしまうけどそれでもいいのか?
と言われて買ったお値段は100ルピーでした。
これは、車中で先にヨギ博士から聞いていた、
ここ2−3年でインド政府が決めたという最低価格です。

この写真の左がランギーニ種のラックです。
あまりに粉々だったので買うのを止めましたが、今考えると少々後悔。
見た目から全然違いますね。

この市場にはもう一件のラックの店が出ていましたが、
残念ながら不在でした。
後ろに見えるのは単なる穀類の袋で、ラックではありません。

インドではラック農家の組合のようなものは全くなく、
仲買人がこのように市場で農民からラックを買ったり、
大規模なラック農家なら直接訪問して買ったものを集めて
工場に売りに行くのだそうです。
その為、買い取り価格は以前は仲買人のいいなりで、
これでは安心してラックの養殖を薦めることができないからと、
ようやくインド政府が最低価格を決めたのだそうです。
しかし、クオリティ−・コントロールとかの面に関しては
農家の良心に任せる部分もまだまだありそうな印象を受けます。
ヨギ博士によれば、養殖に関しては特に技術も必要なく、
適切な時期に種ラックを接種したら、後は放置で構わなくて、
専業というよりは農家の小遣い稼ぎの副業だとのことです。
幸い、ラーンチーの近郊はPalasやKusumやBerの木がたくさん自然に生えており、
また、ラックが生育するのに適切な温度(暑すぎもせず、寒すぎもせず)のため、
この地域で養殖が盛んになっているのは理屈に合っているのだとか。

次はラック採取の様子です。

※この調査は生き物文化誌学会「さくら基金」の助成を受けて行われました。

ラックを訪ねて1500里(5)

翌日の日曜日はもちろん研究所は休みなんですが、
休みだからかえって時間があると、所長のラマニ博士が、
クリスマス休みを利用して帰省している息子さんと一緒に、
Bunduという町にあるハンドメイド・シェラックの工場
Gupta Brothers Shellacに連れて行って下さいました。

工場のある場所は、
ラマニ博士によると番地も何もない下町地区の細い道を曲がった奧で、
インターネットで地図検索しようと思っても絶対無理だとのこと。
そして、日曜日というのに操業中でした。
この日は昼前くらいの到着を約束しており、
まずはスティックラックの粉砕洗浄工場の建物に案内して頂きました。
過去にはラックと水を桶に入れ、職人が足で踏んで洗っていましたが、
さすがに現在は機械を使っているそうです。

入って右手すぐに洗浄機械
左手にはラック粉砕機械がベルトで繋がれて設置されていました。

 ここにも古い粉砕器です。

 置いてあるラックを籠で掬って入れます。
機械を起動させると、工場内に大きな音が響き渡ります。


ラックはこの回転するカッターで粉砕されます。
粒の大きさは隙間の幅で調整できます。

砕かれたラックは下に落ちます。

これを篩いにかけ、下に落ちたものだけをタンクで洗浄し、
上に残った大きい粒を再度粉砕器にかけます。

洗浄、乾燥、ゴミを除去したシードラックを
布の袋に詰めて、ハンドメイドシェラックの工房で加工します。

入り口に近づくと木炭の燃える匂いが強くなって来ました。

炭火でラックの入った袋を熱して濾して、バトンラックを作っているところでした。

袋の中にはクスミのシードラックがぎっしり詰まっています。

炭火でゆっくり熱することで袋の中のラックを絞り出します。
この袋はなんと10mもあり、

この手前の人がハンドルを回して絞り続けているのです。


こんな感じです。

バトンラックはこんな感じのものです。
表面にはスタンプが押されています。

スタンプ押しはまだラックが熱いうちに行わねばなりません。

このラックはネパールに輸出するものだそうです。

さて、ここからはハンドメイド・シェラックの作り方を見せて頂きます。

 同様に、ラックを熱してある程度の量を出します。

それを、30−40度くらいのお湯を入れた陶器製の壷の上に広げます。

均一の厚みに広げるのはヤシの葉です。

それを壷からはがし、

炭火で少々暖め直し

手、口、足を使って徐々に広げます


向こうが透けて見えるくらいになります。

これ、そのへんに置いてあったら何かの獣の皮かと見間違いそうですが、

冷えると手でばりばり割れます。

これが完成品。

左がハンドメイド・シェラック、右がバトンラックです。
同じクスミラックから作った製品で、こんなに色が違って見えます。
で、何が違うの?と言われても、どちらもそれぞれの用途に応じた顧客がいるので、
ちゃんと意味があるだろうとのこと。
ハンドメイドとマシンメイドの違いは、
マシンメイドはどうしても高温がかかってしまうため
ラック樹脂の成分が劣化してしまいがちだが、
ハンドメイドはゆっくりと低温で熱することで、
強度を保ったまま製品にできるのだそうです。
こんなに手間がかかっていても、双方の値段の差が10%程度とか。
工賃が低いインドだからできると言えるでしょうが、
ハンドメイド・シェラックを作る工場もインドでも既に数は少ないそうです。

ラックを絞りきった後の木綿の袋はこんな感じです。
左が弟のグプタさん、右はラマニ博士です。

残っているラックはたったの2%だそうです。

これをアルカリで洗浄して、3回まで使うことができるそうです。

外に出たら、到着時には何もなかった中庭に
洗ったシードラックが干されていました。
明日使う分だそうです。
ハンドメイド・シェラックを作る場合、
朝4時から炭を熾したりなどの準備をはじめるので、作業は昼過ぎには終わるそうで、
今日は濾し作業の行われる時間に会わせて出発したそうです。
日曜にも操業している理由は、
注文が入っていることの他に、
冬は気温が低いことから、炭火の近くでの作業をするにも比較的楽で、
さらに収穫のあったばかりの新鮮なラックもあることなどの理由があるようです。
なので早朝から作業を始め、日中の気温が上がる前には終わるということです。

ハンドメイド・シェラックのためにはやはり小粒のシードラックが必要のようです。

(まだ続きます)

※この調査は生き物文化誌学会「さくら基金」の助成を受けて行われました。