2016年8月31日水曜日

人間から作れる道具

今年の初め、アメリカの友人の教え子が来日し、
たまたま日程の都合がうまく合い、
漆刷毛師のTさんの工房に連れていくことができました。
実は私もTさんの工房訪問は初めてでした。
Tさんは現在日本にたった2件しかない漆刷毛職人の一人で、
数年前に文化財選定保存技術保持者に認定されています。

さて、漆刷毛とはどういうものでしょう?
これが市販されている漆刷毛です。
先に黒っぽく見えているのが毛の部分ですが、
これは人間の髪の毛でできています。

そして、普通の刷毛や筆のように
先端だけに毛が入っているのでなく、
持ち手になる木の板の中にも毛が入っていて、
毛がすり減ったら、板を削り出して使うことができるのです。


通常は、持ち手部分に和紙を貼って、
その上から漆を塗って使います。
下2本は私の使っている漆刷毛ですが、
ここ数年は、使うのが年に数日だけなので、
あまり手入れがされていなくてお恥ずかしいですが。

刷毛に入れる髪の毛は、
漆と糊を混ぜた「糊漆(のりうるし)」で固めてあります。
これを「毛板(けいた)」と呼びます。
これが毛板です。
近年は長い髪の毛が入手しづらいため、
材料の人毛のほとんどが輸入品になっています。

人毛を糊漆で固める時は、
毛の反対側を手で押さえていなければなりませんので、
まず一方を糊漆で固め、
固まってからもう片方を固めるという作業工程になるため
真ん中になる部分がちょっと膨らみます。

いちばん下のまっすぐな長方形のものが普段作る毛板なのですが、
この日はたまたま、真ん中の毛板のような両端の狭まった形のものを作られていました。
この毛板を真ん中で切って貼り重ねて作ったものがいちばん上の刷毛だそうです。
両端の長さとボリュームが足りない毛も
無駄にせず使える形状がないかと工夫してみたというお話です。

こんな鎌刷毛の試作品も作ってはみたものの、
これではとても高いものについて採算が取れないとのことです(笑)


しかし、職人さんからのご注文で作られている特注品もあります。
(上から薄さが1mm, 1.5mm, 2mm)

さて、作業の様子を見せていただきます。
まずは毛揃え作業から。
櫛で梳いて長さが足りなかったり、曲がった毛を除き、

髪の毛を手で抜きながら長さを揃えていきます。
漆刷毛に使う人毛は、キューティクルを全て洗い落としてから使うため、
根元と先端の区別はつけなくて良いのだそうです。

次に、髪の毛の長さを3つに分けていきます。

同じ毛束の中でも、微妙に長さが違うわけですね。

これをそれぞれ束ねて、使う時まで置いておきます。

人毛のほかに、乾漆刷毛など必要に応じて馬毛などの硬い毛も使われます。
こんな形で売られているんですね。

それぞれの毛でできた刷毛はこれ。
馬も毛の色だけでなく、たてがみと尻尾の毛でも硬さが違います。
漆刷毛に使われる板はヒノキの割製材。
柾目でなければ使えません。
これは丸太の状態で買うので、製材するまで木目は全くわからないため、
いくら専門家でも外れを引くことがあり、買うのは一種の博打だそうです。
これも、木を見られる人が高齢のため、
この方が亡くなったら・・・というところに来ているそうです。

漆を使ったことがあるとは言え、
やはり今日は漆を使わない作業を見せてくださいます。
次は、毛板から刷毛を組み立てる作業です。

毛板を刷毛の寸法にあわせて切ります。
次にヒノキの板に幅を合わせて
こちらも丸包丁で押し切ります。
同じ寸法のヒノキ板で毛板を挟みます。

次に、サイザル麻と楔を使っての巻き込み作業です。
ほんとうは糊漆を使って接着するのですが、
今回は形だけ。
動きに全く無駄がありません。
美しいですねえ。

巻き込んだ刷毛はこんな感じでぐるぐる巻きです。
このサイザル麻の紐でないと楔を打ち込んだ時にゆるんでしまうので
使えないそうです。

毛板と板を接着した糊漆が完全に乾いたら
削って両横に細い木を貼り付け毛板を完全に隠し、
最後にきれいに削って完成です。

接着した刷毛はこのように
工房の壁ににたくさんぶら下がっています。

そして、Tさんのカンナはちょっと面白い形をしています。
カンナの刃の頭を切り落とすことで、少しでも重量を軽くし、
体への負担を軽くしているのだそうです。

このカンナはヒノキ板を削るだけでなく、
カンナ刃だけを取り出し、刷毛の毛を削り出す時にも使います。

Tさんが現在、原料の毛の入手よりも困っているのが
毛を揃える時に欠かすことができない、
「砲金」という特殊な合金でできた金櫛を作る業者さんの廃業です。
廃業の一報を聞いて、慌てて他の刷毛職人仲間で在庫を買い占めたそうで、
今残っているのはたったこれだけだとか。
この他にも、Tさんがずっと使われていた床屋さん用のベークライトの櫛も
既に入手ができないそうで、
どちらも頻繁に使うと櫛の歯もどんどん減ってしまいますから、
今の手持ち分がなくなったらもう刷毛は作れないとまでおっしゃられていました。

お子さんがいらっしゃらないTさんのところには
現在、今年で年季が開けるお弟子さんのUさんがおられます。
TさんとUさんが今後も刷毛作りを続けられるように
刷毛作りの材料も道具も供給が続くようにと願っています。

特に人毛は、我々の頭に生えている毛が使えます。
自分の体の一部で作ることができる道具は
綴れ織り職人さんが自分の手の爪を櫛状に加工される他には思いつきませんが、
漆刷毛は他の人にも使ってもらえます。

ご自分、あるいはお知り合いで髪の毛を伸ばしている方で、
長いままで切るご予定がある方、
「漆刷毛用ヘアドネーションプロジェクト」
「漆刷毛ヘアドネーションプロジェクト」
があります。
(※それぞれの漆刷毛職人さんが別個で行われています)
どうぞご検討ください。

Tさん、Uさん、Tさんの奥様、どうもありがとうございました。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
Tさんのお弟子さんUさんのブログ「狐の道具箱」には、
漆刷毛の製作現場の様子がさらに詳しく出ています。

2016年8月22日月曜日

タデ藍での藍玉作り実験(続き)

今年、ブータン在住のAさんから
ブータンのNGO法人タラヤナ財団のイベントで売っていたという
ブータンの藍(リュウキュウアイ)の乾燥葉をいただいていたので、
それと比較をしてみました。

左側が、ジップロックで揉んで発酵させた葉をまるめたタデ藍玉の乾燥途中
右上がブータン藍の乾燥葉(藍玉にはなっていないバラ状態)
右下が、採取した葉を手で揉んでまとめたけれどバラバラになった乾燥タデ藍葉

ブータン藍(リュウキュウアイ)は色が赤紫っぽいですが、

乾燥タデ藍は青緑です。

ジップロックに入れて揉んで発酵させた藍玉(乾燥途中)は
かなりブータン藍に近い色になっています。
そして、完全に乾燥していないせいもあってか、臭いがします。

では、揉まないで発酵させたものは
乾燥させる前の状態ですが、これが一番赤っぽい色をしています。

中の方で全く揉まれていなかった葉は茶色くなっています。

揉まなかった葉は準備が1日遅かったので、昨日から干しに入りましたが、
それを差し引いても、明らかな差は出ています。
写真ではわかりませんが特筆すべきは臭いです。
揉まなかった方はほとんど臭いがしません。

灰を混ぜたものは一番早く干しはじめたので
既にかなり乾燥が進んでいるにもかかわらず、
実は予想外にこれが一番臭いがきつく、
近くに干した洗濯ものに臭いが移るくらいです。

ところで、昨日になって思いついた方法です。
藍色素の分解には菌が関わっているということですから、
藍の葉を収穫したら一切洗わないでジップロックの中に入れ
ひたすら揉み続けるだけで干す方法。
日本の昔の藍玉は泥を混ぜていたくらいですから、
土がついていたって問題ないでしょう。
揉んでいる途中はまだこんな感じですが、

寝る前までひたすら揉み続けていたところ、
徐々に粘りが出て、だんだん青が濃くなってきました。
袋を開けると青臭い臭いで、もちろん発酵臭はありません。
ここまで粘りがあれば丸めて藍玉になりそうです。
というわけで、一晩置いてから朝になって丸めて干してみました。

上が揉んでから1週間ほど発酵させてから乾燥させているもの、
下が夕方から揉み続け、一晩置いて丸めたもの。
乾燥状態が異なりますが、
現段階では、上の方が赤みのある色、下が青っぽい色になっています。
さて、乾いたらどうなるでしょうね。

外気が暑いうちになんとか中まで乾燥させたいので、
まん丸にするよりも平たくして早く乾くようにした方が良いかもしれません。

2016年8月20日土曜日

タデ藍での藍玉作り実験

お盆前、今年も順調に育った藍の刈り取りをしました。
一昨年は葉を乾かしただけ、
去年は泥藍を作りましたが、
今年は5月にブータンで教えてもらった
単に葉っぱを丸めるだけという方法でタデ藍でも藍玉ができるかどうか、
さらに灰汁を使って生葉の発酵染めができるか、
この猛暑の暑さを是非活用すべく作業をはじめました。

いつも、茎と葉を分けるのが難儀なんですよね。
で、この時取り除いた茎も、水分のあるところにおいておくと根が出て
そこからまた藍が育つのです。

これがブータンの藍の葉(リュウキュウアイ)と、
それで作られた藍玉です。
これ を作るには、何も混ぜないで葉を丸めるだけ、と言われましたが、
本には「灰を混ぜて丸める」という方法も書かれていたので、
いくつかの方法で実験をしてみました。

1. 葉だけを手で丸めて干す
2. 葉と灰をジップロックに入れて揉んで発酵させてから干す
3. 葉をジップロックに入れて揉んで発酵させてから干す
4. 葉をジップロックに入れ、揉まないで発酵させてから干す

という4種類のやり方を試してみました。
灰は古い火鉢の中に残っていたものをふるって使いました。

残念ながら初日の作業中は藍で手が汚れていて、
写真が撮れませんでしたが、
1の「葉だけを丸める」では、全く玉状には丸まりません。
それでも頑張ってザルの上でまとめて乾燥させてみました。

翌日の様子です。
乾いたら余計にバラバラです。とても玉状にはなりませんし、
白い粉も吹きません。
やはりリュウキュウアイとは性質が違うんでしょう。

2の灰を混ぜて揉んだ葉と、3の混ぜないで揉んだ葉はこんな感じです。
ジップロックの中で発酵が始まっているのか、
独特の臭いもしてきました。

2に混ぜた灰の量は適当でしたが、なかなか葉と馴染まず、
発酵させない状態でも丸めてみようかと思ってもみましたが、
あまりに丸まりそうもない状態なので、
このままジップロックの中で発酵させました。

揉んだものは1日でここまで青色が濃くなってきました。

実は、4の葉を揉まないものはこの日に作りました。
前日、藍の葉を十分な量取っていたと思っていたのですが、
揉んだら量がかなり減ってしまったからです。
これだけ1日遅れでスタートです。
袋に詰め込む際にちょっと揉んだような状態になってしまいました。
空気を抜くのがポイントかなと思ったのですが、
次の刈り取りでは空気を抜かないものも作ってみます。

2日目、1の丸めただけのものは、
この暑さの中、十分パリパリになったので、ここで終了。

それ以外のジップロックに入れたものは、
ほぼ毎日様子を見ながら、必要に応じて裏返したり揉んだりして
日中は日が当たるところに置いておきました。

10日ほど経って、あまり変化がなくなってきたので、
まず2を開けてみました。
葉の形は残っていますが、
灰のおかげか、十分まるめられるほどの粘りが出ています。
しかし、袋を開けるとすぐにハエが飛んでくるくらいの臭いです。
灰の混ぜ方がちょっと足りなかったかもしれません。

最初、ぼたもちくらいの大きさにしましたが、
これだと中まで乾くのに時間がかかりそうだったので、
後で半分くらいの大きさにしました。

さて、残り2つはこんな感じ。
この段階で、1日差があるとは言え、
揉んだ葉と揉まなかった葉の差は一目瞭然で、
右の揉んだ葉の方が青くなり、ドロドロに見えます。

右の口を開けると、葉の形が全くなくなっていて、餅状です。
藍独特の匂いもありますが、それほど臭くはありません。。

左の葉はまだ葉の形があり、色もこげ茶色です。
こっちはちょっと臭いです。

ちなみに、数日経過してから、発酵が促進しないかなと思い
庭の焼けた石の上に移動してみましたが、
日中は温度計の計測限界を超えるほどで、
中身も熱くて触れないほどの温度でした。

ここまでの段階で、3も一部を玉に丸めてみました。
残りはもう少し様子を見てみます。
左上から、2、3、1です。
4もこれからの状況を見てストップして、
丸めて乾燥させてみます。

この差のできる理由ですが、
葉を乾かす前に揉むことで、葉に含まれているる酵素が働くのでしょう。
これはお茶を作る時と同じですね。

もちろん、肝心なことですが、
この後それぞれがどのように染まるのか、それとも染まらないのか、
実験方法も考えてみなければなりません。

2016年8月19日金曜日

Dhokraの鋳造品(2)鋳造

さて、鋳造の土場です。
レンガを積んで作られた簡単な炉です。
金属を溶かすため、鞴(ふいご)を使って火力を強めていますが、
ご覧のようにスカスカです。
中に坩堝(るつぼ)を入れます。


これが坩堝。

そしてもう一つ、横に細長い窯が作られ、
先ほどの粘土型が並べられていました。
型の粘土を硬くすると同時に、中の蝋を溶かし出すため、
口を下に向けて並べられています。
こちらは金属を溶かすほどの高温は必要ないので、
鞴は使われません。

窯に入りきらなかった別の器物の型はこんな感じ。
残念ながら中がどんな形が入っているかはこれではわかりません。

炉の中の金属が溶け、
窯の型が十分熱されれば作業開始です。

型を倒して、中の蝋が残っていたら流し出します。

窯から取り出した段階で型に穴や亀裂が見つかったら、
革手袋をはめた手で、粘土をかぶせて修理します。

型に使っていた粘土と同じものです。

溶けた金属を流し入れます。
金属を流し入れた型は倒れないように並べます。
入れたばかりの金属は白黄緑色ぽく、
温度が下がると徐々に赤っぽくなっていきます。
このまま自然に冷ましていきます。

さて、この日はあまり時間がないので、
特別にすぐに型から出すところも見せてくださいました。
水をかけて急速に冷やします。

水をかけ、焼けた型をハンマーで割ると、中からマスクが現れました。

出てきた製品はまだかなり熱く、当然
我々にはとても触れる状態ではありませんが、
職人さんは慣れたものですね。
これが研磨されて製品となると金色に輝くわけです。

Dhokra artの製品はそれなりの厚みもありますので、
巨大なものは相当な重みになります。

例えば、こんな建築装飾にも使えそうなものもあります。(これは鋳造前の蝋型です)


厚みはこれだけでも、これが金属に入れ替わったら相当なものです。

カッコいいと思って買って持ち帰るにも
飛行機の重量制限を考えるとなかなか手が出ません。
皆さん、休日出勤で最初から工程を見せてくださったのに、
この日は何も買えず申し訳ない限りでした。
(Ranchiにあるショップでは小さいものも売っていました)



なお、この工芸村には
家具、レザークラフト、タサール絹織物などの工房もあり、
営業日には見学可能のようですが、
ウエブサイトには情報がほとんどありません。

Jharcraft Hazaribagh
Urban Haat, Near Home Guard Training Center, Hazaribagh


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この調査は科研費の助成により行われました。