2015年3月31日火曜日

蠟ではない蠟

これはラオスのルアンプラバンの市場です。
漢字が書かれた野菜の種は中国産のものですが、
日本ではあまり見られないものがいろいろ並んでいます。
左手前はニンニクですが、ザルの上にあるのは何でしょう?

エビせんべいにしては色が濃いですね。

これ、何だと思いますか?

形は全然違いますが、
これと同じものはブータンの首都、ティンプーの市場にもありました。
え、どこ?

このタッパーに入っているものです。
それでは、どうしてこれは鎌と一緒に売られていのでしょうか?

さらに、同じ物はブータンの轆轤木地師の作業場にありました。
轆轤職人さんの右足の後ろに青い布袋が見えますよね。

これの中に入っているものが、赤いせんべい状のものと同じ素材です。
これの名前はブータンの言葉で「ラチュ」と言います。

別の木地師さんのところでこれを使うところが見られました。
ダパという蓋付きの器を作ろうとしているところです。
向かって右側手前に見えるのが、木工轆轤の回転軸です。
ここに木地を固定して、刃物で削るわけですが、

黒い回転軸を裸火で炙っています。
木屑に燃え移らないかひやひやします。

 削る木地も火に近づけています。

火を消して、木地をしっかり押さえつけました。
ブータンの轆轤には日本の轆轤にある木地を固定するツメがなく、
この黒い物質で固定させ、外す時は叩いて取るのです。
なので、ブータン漆器の裏には、この接着剤がくっついたままのものもあります。

これは熱により柔らかくなる接着剤なのです。
 鎌と一緒に売られていた理由は、
鎌を木の柄に固定するのに使われるのです。

ではこの物質は何なのかと言えば、
繊維を染めるために色を煮出した後のラック樹脂なのです。
ラック樹脂についてはは昨年12月のブログに、
封蝋については一昨年のブログに少々書きましたが、
いわゆる、封蝋はこれに顔料や他の材料を混ぜたものです。


上は、イギリスの封蝋、
下はインドの封蝋で、上の方が模様も入って高級品ですが、
最近は日本の100円ショップでも売られているのは合成樹脂製で、
イギリスの封蝋もどこまでラックが入っているのかわかりません。
封蝋、英語ではsealing waxですが、
接着力の関係上、蠟が使われた品は限られており、
通常は、蠟がほとんど含まれないラック樹脂が使われていました。

しかし、接着剤としてのラック、
木工轆轤に完成した木地を取り付け、
そこに押しつけると、溶剤を使わないラック塗装ができるんですよ。
純度の高いエタノールが出回る前の塗装方法です。

強い接着力のあるラックは、
宝石を磨く際の固定台にも使われたりしています。
現代でもまだまだ広まっていない活用方法がある素材だと思います。

2015年3月28日土曜日

春の種蒔き

バタバタしていたらお彼岸も終わってしまいました。
今年も種蒔きの季節です。
去年は父が入院していたことでいろいろ予定が代わって種蒔きも遅くなりましたが、
今年は今年で、父は去年の分を取り戻すかのように畑を耕しまくっています。
どこに蒔くかをちゃんと相談しないと去年のようにユンボで潰されたり、
雑草と一緒に抜かれてしまうだけでなく、
場所が適切でないとせっかく植えた植物も生えなかったり枯れてしまいますので。

そう言えば、去年蒔いたワタノキですが、
蒔く時期が遅かったせいか、実がなかなか割れなくてそのままにしていたら、
年末にインドに行っている間に父親に全部抜かれてしまっていました。
父は綿が宿根草だということを知らなかったようで、
今年新たに種を蒔き直しです。

去年の秋に地元のイベントで配られたという紅花の種です。

秋まきの方が良いと書かれていたのに、
うっかり時期を外してしまったので、春まきです。
若い葉を食べられるって知りませんでした。
種からはもちろん、紅花油が採れますが、
エジプト原産の植物が日本、それも山形の名産になるというのは不思議なものですね。

固い土を耕し、苦土石灰と発酵牛糞を混ぜて土を作った後、
一粒づつ植えました。
久しぶりの土仕事で、この後手に水ぶくれが出来たりの素人仕事です。
この後は藍も蒔きましたが、まだまだ大量に残っており、
使っていない場所を耕さなければならず、亀の歩みです。

漆の芽も毎日見ていますが、春の寒さもあってか、なかなか大きくなってきません。

2015年3月20日金曜日

漆と酸度(1)

つい最近、近所の革工芸屋さんから頼まれて、
興味のある教室の生徒さんと一緒に革に漆を塗る実験を行いました。
皮や革に漆を塗ることを「漆皮(しっぴ)」と言い、
正倉院や東京国立博物館などに漆皮の箱がいくつも所蔵されています。
以下は、東京国立博物館の所蔵する漆皮箱3点です。


漆皮作品を作られていた先生の影響で、
学生時代のある時期、何人かの学生が漆皮作品を作っていました。
しかし、皮を買っていた浅草の太鼓屋さんが
和太鼓以外の利用を嫌がられ、ある時一気に数倍に値上げされてから、
暫く製作していませんでしたが、
一昨年、久し振りに漆皮の照明器具等を展示する機会があり、
皆さんはそれを見て興味を持ってくださったようです。

革と皮の違いは、鞣し(なめし)がされているかどうかの違いです。
普通、財布やカバンやベルトに使われるのは鞣しがされた「革」
太鼓の皮は、鞣しがされる前の状態で「生皮」と言われるものです。
この「生皮」という漢字は、
業者さんは「なまがわ」と発音されるのですが、
革工芸の方では「きがわ」と読みます。

正倉院の漆皮箱に使われているのはこの「生皮」ですが、
今回は、皆さんが鞣し革と生皮の両方で作ったサンプルをお持ちになりました。
湿らせて形を作って乾かしたり、
染料で染めたり、それぞれ工夫されていました。

もちろん漆がはじめてという方ばかりですので、
念のため、京都の佐藤喜代松商店が販売する、
かぶれにくく、低温低湿度でも乾くのが売りのNOA漆を使いました。
漆がちゃんと硬化するか、数日前から実習場所となる部屋にお邪魔し、
木箱や段ボール箱を持ち込んで湿らせて、ちゃんと固まることを確認した上でです。

しかし、皆さんの持参された作品のほとんどは、翌日になっても漆が乾きません。
漆で金属箔を貼ったものなどは普通に乾きましたので、
ちょうど寒の戻りでもあり、夜に冷え込んだからじゃないかと
改めて箱を十分湿らせてから箱を重ね、乾燥しないようにビニール袋をかぶせて
部屋を十分暖めてからもう一晩置きました。
しかし、ここまでやっても生皮に塗った漆だけが乾きません。
仕方なく家に持ち帰ってあれこれ試してみましたが、
いくつかの生皮だけが乾かないことがわかり、
皮の加工の工程で使われる薬品が問題ではないかと推測したわけです。

一般に漆が乾かない原因として考えられるのは、
油(脂肪)、塩分、酸度、そして不適切な温湿度です。
これらは漆に含まれている、硬化に作用する酵素
ラッカーゼの活性を抑制してしまうのです。

汗もかかない冬ですから、
水に湿らせた生皮を素手で整形した時の手脂で漆が乾かなくなるということは
ちょっと考えられず、
塩だったら、乾燥時に塩が表面に析出するでしょう。
ということで、これは酸度の問題だろうということで、
革工房の方に、使ったのと同じ生皮の切れ端を頂いてきました。

 これが生徒さんが使われていたのと同じ種類の生皮です。

このような独特の毛穴がある、豚の生皮です。

左2つは、犬用チューインガムを湿らせて伸ばした牛の生皮です。


牛皮には豚のような毛穴がないことがおわかりになると思います。
これまで私が使っていたのは、
太鼓の皮と犬のチューインガムに使われていた牛の生皮だけで、
工芸材料店で売られている豚の生皮は使ったことがありませんでした。

頂いてきた切れ端を水道水に浸し、一昼夜置いて、
翌日、pH試験紙を入れてみたところ、 
試験紙では3と4の間くらいの強い酸性を示しています。
これが漆の硬化を阻害していた原因だったようです。
太鼓皮を製造されるOさんにこの件を伺ってみたところ、
豚皮は、過酸化水素などで漂白されたのち、ギ酸などでピック(phを下げる酸性に)
グリセリンとエチレングリコールを浸透させてつくります。
そのため、おっしゃる通り酸性なのです。
中和するために、重炭酸アンモニウム、重曹が安価でいいのではないかと思います。
というお返事を頂きました。
さっそく重曹水を作って皮の切れ端を浸し、
乾燥させてから漆を塗ったところ、見事1晩で乾きました。

ギ酸とは英語でformic acid。
つまり、保存剤として用いられるホルマリン(formalin)を作る
ホルムアルデヒド(formaldehyde)が酸化したものです。
生物標本をホルマリン漬けするのと同じ原理で処理がされていたのですね。
ホルマリンもギ酸も有毒ですから、
犬のチューインガムにはさすがに使われていないのは当然ですね。
乾きが遅かった一部の鞣し革は、
このギ酸か、または鞣しに使ったタンニンが残っていたのかもしれません。
漆を塗っても乾きにくい素材をどう乾かすか、
ひょんなきっかけで面白い実験となりました。

2015年3月16日月曜日

漆とタンパク質

昨年秋、京都で開催された漆の展覧会に、
たまたま関空着で来日した、イギリスの友人の知人の知人だというMさんが、
漆についていろいろ質問があるので直接聞きたいとのことで、
ホテルに荷物を置いてすぐタクシーで直行して来ました。

Mさんはこの時が初来日で、日本語も全く話せないのですが、
なんと本とYouTubeだけで独学で漆を勉強しているという人で、
これまで自分の作ったという作品の写真を何枚も持参していました。
イギリス人ということで、完全な初心者かと思っていたら、
伝統的な梨地も含め、とても独学とは思えないレベルの仕事で仰天。
漆も道具も全て日本からネット通販で購入したとのこと。
いやはや、凄い時代になりました。

Mさんから質問されたものの一つに、シボ漆がありました。
シボ漆とは「絞漆」とも書きますが、
漆にタンパク質を混ぜると粘りが出て、
通常なら縮んでしまうような厚みにも塗れるだけでなく、
独特の模様が出せるというものです。

自分も変塗をやっていた時にシボ漆は作りましたが、
学生時代に先生から、「卵白や膠は難しいよ」と言われ
一番簡単だという豆腐でしかやったことがありませんでしたが、
Mさんは、豆腐では自分の思うようなシボができないので、
是非卵白でやりたいのだが、どうしても漆が分離してしまうので、
どうしたら良いのか?ということでした。

これまで豆腐のシボ漆で困ったことがなかったことで、
卵白についてはわからなかったので、
当日の当番だったFさんにも聞いてみたところ、
「少しづつを手早く混ぜれば大丈夫ですよ。」とのこと。
Mさんは「帰ったらさっそく実験する!」と、喜んで帰って行かれました。

展覧会が終わった後、せっかくなので自分でもやってみようと、
家にあった潤漆(うるみうるし:弁柄漆と呂色を混ぜた漆)で実験してみました。

要は、水溶性タンパク質を混ぜれば良いのですから、
最近、米粉パンを作る時に加えるために売られている粉末グルテンと、
古くなって全く接着力がなくなってしまった瓶入りの鹿膠もついでに試してみました。

卵白を混ぜる時はスポイトで少しづつ加えながら手早く混ぜると
最初は分離しているものがある瞬間からさっと混ざり、
一気に粘度が上がり、餅のようになりました。
(どうしても両手を使わねばならないため、作業中の写真は撮れませんでした)

これを、学生時代に中塗りを研いで放置していた実験手板を
マスキングテープで区切ってそれぞれをヘラ付けしました。
左上から:卵白、卵黄、古い瓶入り鹿膠、MH膠
左下から:何も混ぜない潤漆、ウサギ膠、豆腐(水切りしたもの)、グルテン(粉末)

ヘラ付けですので、何も混ぜない状態のものが縮んでいたり、
裏も別の実験に使っている手板の汚れはご愛敬として下さい。

それぞれの素材を漆に混ぜる分量や、もちろん膠の濃度も関係してくるとは思いますが、
それぞれに特徴が出るのは面白いですね。
卵黄は油分が含まれていることもあって、一番柔らかく、つや消しになり、
古い鹿膠がヒビ塗りみたいな効果が出るのも面白いなと思いました。
豆腐はかちかちで、グルテンは塗った直後にはあった角が完全に消えてしまいました。
MH膠は既に製造中止になってしまった粉末膠ですが、
柔軟性が高いが接着力は弱いウサギ膠とはあまり差が出ませんでした。

鹿革の上に漆を印刷した印伝の漆もタンパク質添加漆です。
この上に重ね塗りをして研ぎ出したり、
膠などの濃度や配合比を変えたりすることで、さまざまな表現ができそうです。