2013年12月11日水曜日

「水蝋」という蝋(1)

中国には資源昆虫研究所という研究機関があります。
「資源昆虫」とは見慣れない言葉かもしれませんが、
カイコやミツバチがその代表的なものです。

ところで、「蝋」という漢字を改めて見ると
虫偏がついています。
虫が蝋に関係している証拠です。

和室の敷居がきしんで困る時に、
「戸滑り」というものを使われた方がおられるかもしれません。
この「戸滑り」の別名「イボタ」は、
「イボタロウムシ(Ericerus pela)」というカイガラムシの分泌する蝋分です。
これが寄生する木は「イボタノキ(Ligustrum obtusifolium)」といい、
日本にも生えています。
「イボタ」という変わった名前は、
皮膚にできるイボを取る薬だったということに由来しているそうですが、
「イボタ」を漢字で書くと「水蝋」です。
普通、蝋は水に溶けないはずですよね。

実はつい最近「日本原色カイガラムシ図鑑」の著者、
元東京農業大学教授の河合省三先生から、
昆虫研究者のお仲間がご病気で入院されていた時、
たまたま同じ病室におられた桐箱職人さんから、
「イボタ蝋で磨いた表面には滲まずはじかず墨書きが出来る」とおっしゃっていた、
とのお話を教えていただきました。
つまり、パラフィンや他の植物蝋では代用できない
重要な特性がイボタ蝋にあることを
具体例で教えてくださったわけです。

桐箱職人さんが使われるイボタ蝋は石鹸状の塊ではなく、
木の枝に付着したカイガラムシの蝋分を採取したそのままの状態の粉末です。
別名「イボタ花」とも言うそうですが、
イボタノキの花ではありません。
ご覧のように結構なお値段ですが、現在はもっと高騰しているそうです。

これを布に包み、てるてる坊主のようなタンポにし、
器物に叩いて布目から粉を出し、
同時に表面に擦り込みます。
イボタ蝋は溶解温度が高いので、触ってもべたつかないのがもう一つの利点です。

さて、これまで考えたことがありませんでしたが、
「水蝋」と言うなら水に溶けるのかと実験してみました。
もちろん普通の水は問題外で、
熱湯を注いでも、熱によって溶けた蝋が上に浮くだけで、
水に溶けるわけではありません。
しかし、エタノールには分散することから、
親水性の素材であるということは言えるようです。

エタノールに溶かすとこんな感じです。

沈んでいるのはイボタロウムシ本体です。
河合先生によれば、
雄の幼虫だけが蝋を分泌するそうです。
もちろん、市販の塊のイボタ蝋は濾されているため虫は入っていません。

イボタ蝋は日本では過去に福島県でも採取され「会津蝋」とも言われ、
和蝋燭の材料にもなったそうです。
会津蝋とは漆の実の蝋だと思っていたので驚きです。

河合先生からは20年近く前の中国でのイボタ蝋の生産現場の
貴重な写真もお送り頂き、公開のご許可を頂きました。
次でご紹介致します。

写真の戸滑りは別の先生からの頂き物ですが、
イボタよりも、植物由来の蝋であるカルナバ蝋の可能性が高そうです。

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