2013年8月7日水曜日

自然からの発見

実家には、何年か前に屋根の下についたというスズメバチの巣を、
父親がどうやってかうまく取ったものが記念に?置いてあります。

1719年、フランス人の科学者のルネ・レオミュールは、
スズメバチの巣を見て、
木材パルプから紙を作ることを思いついたそうです。
これが洋紙の始まりです。
スズメバチの巣は、細かい繊維からできていて、
確かに紙のようですが、触るとすぐボロボロと崩れ、
劣化した酸性紙の状態にとても良く似ています。

アシナガバチは漆で巣を木や建物に接着するのだそうです。
漆を掻いているとアシナガバチが寄って来るという話も聞きます。
「蜂は人間より先に漆を使っていた。人間は二番目。」
と言われたのが、蒔絵の人間国宝の故・田口善国先生です。

この言葉を借りれば、間違いなく蜂は人間より先に
「紙」を作っていたということになるのでしょう。
(蜂紙?)
しかし、自然を観察することによって、
これまで存在しなかったものを作り出すことができる人間というのも
さすがだと思いませんか?

2013年8月3日土曜日

絶滅危惧職種7(クジラ)

ここまで鼈甲、象牙について私の見聞きしたことを書いて来ましたが、
現代では世界中の手工芸全般が既に絶滅危惧職種とも言えるかもしれません。

作り手がいても、材料を採取する人、道具を作る人がいなくなってしまえば、
作り手の負担も増えるだけでなく、素材を吟味できなければ完成品の品質も
それなりになってしまいます。
頑固な職人さんのうちには、自分の納得いく素材が手に入らないからと
廃業される方もおられるのも仕方ないのでしょう。

最後ですが、ワシントン条約と言うと思い出すのがクジラです。
日本には、クジラの歯や骨、髭を加工する「クジラ細工」というものがあります。

これは、長崎の「海洋工芸社」というお店のディスプレイです。
こちらも、これまでのストックを大切に使いながら加工を続けられているそうです。

クジラの工芸品への利用は、この「鯨研通信」に詳しく書かれていますが、
東北、和歌山、長崎と、捕鯨が行われていた地域に残っているようです。

有名どころで、クジラの髭は文楽人形の頭や、
カラクリのゼンマイに使われているというのは皆さんもご存じかと思います。
髭と言っても毛でなく、
先が毛のように裂けた黒っぽい爪のようなもので、
クジラはこれでオキアミや小魚を漉しとって食べるのです。
上から、ナガスクジラ、イワシクジラ、ミンククジラのヒゲです。

クジラの髭は漆の篦としても使われていたのですが、
現在ではプラスチックの篦が圧倒的に普及しているため
現物を見たことがない人も多いと思います。
クジラの髭の篦材を扱う漆道具店も少なくなり、
あっても一本数千円もするため、こだわる人しか使えないだけでなく、
篦に最適なナガス鯨の捕鯨ができないのでは選ぶこともままなりません。
真ん中に置いているのがイワシクジラとナガスクジラのヒゲで作られた
漆用の篦の材料として販売されている材です。

象牙や鯨の利用について、日本に6年くらい住んで剣道をやっていた
イギリス人の友人と議論したことがあります。
象牙椰子というものがあるというのを教えてくれた友人です。
日本人も象牙椰子をどんどん使えば良いのに、
どうして象の牙になんかこだわるのか、とか、
鯨なんか使わなくても現代はもっといい素材があるだろう、とか。
いくら説明をしてもなかなかわかってもらえないのは、
目に見えるものだけでなく、見えない部分を大切にするという
日本の宗教観と言うか、何と言うか。
ことばが通じる、通じないという以前の問題で
いつも難しいなと思います。

2013年8月2日金曜日

絶滅危惧職種6(鼈甲おまけ)

前回の最後には、象牙の代替品の「象牙椰子」をご説明しましたが、
では、鼈甲の代替品は何になるのでしょう?
ニトロセルロースと樟脳などから合成されたセルロイドは、
日本語版Wikipediaでは、象牙の代用品として開発されたとありますが、
実際は眼鏡のフレームや、手鏡の裏、万年筆の軸などの鼈甲風の製品に多く使われ、
(現在は燃えやすさからほとんど使われまていません)
代用象牙の方は、後で発明されたカゼインプラスチックの方が多く使われていますね。
日本の象牙風印鑑のほとんどがカゼインプラスチックだそうです。

さて、ここにご紹介しますのは、デンマーク、コペンハーゲンにある
Rosenborg城の一階にある「王の寝室」です。


壁面は、緑色のパネルが鼈甲で縁取りされています。

これだけたくさんの鼈甲を使うとは、さすが王様と思いきや、

良く見ると・・・

以前ご紹介した「だまし絵の部屋」と同様で、
木に鼈甲風の模様を描いているだけだということがわかります。

で、何度か修理をされているようで、ちょっと汚い(苦笑)

天然鼈甲じゃありえない模様なんかも描かれてます。

近くで見ると、上は油性塗料だということがわかります。

こういった「鼈甲塗り」の方法は17世紀頃からの技法書にはよく登場しています。
下を赤で塗った上や、銀箔の上に褐色の鼈甲風の模様を描いて、
上から褐色のワニスをかければ、なんとなくそれ風になるのです。
遠目で見ればあまりわからないし、本物の鼈甲より安くあがるし、
何より作るのが楽ですから。

この城の室内装飾を担当したのは、イギリスから来た職人だと伝えられています。

ちなみに、緑に見える部分は
おそらく当初はラピスラズリの青を摸して塗装をしていたものが、
上に塗った透明塗料が劣化して黄色くなり緑色に見えているのだと思われます。

こんな東洋風の絵が金で描かれているのですが

下に見える青い顔料はスマルト(コバルトガラスを砕いた粉)です。

で、ちょっと脱線しますが、
この壁面に描かれているのはほとんどが中国を題材にした絵
(帆船などが多い)なのですが、
中に一枚だけ




ケンペルの「江戸参府旅行記」にあったような絵が描かれているのです。
コペンハーゲンのお城の、それも王様の寝室にこんな絵があるというのは
日本人としたらかなり不思議な感じがします。

2013年8月1日木曜日

絶滅危惧職種5(象牙)

欧米での象牙の用途として、もちろん装飾品や調度などもありますが、
"Ebony and Ivory(黒檀と象牙)"とも言われるように、
ピアノなどの鍵盤楽器の白鍵盤に大量に用いられていました。
また、象牙加工の時に出た屑や粉を焼いたものが、
アイボリー・ブラックという黒色顔料です。
現在のアイボリー・ブラックは象牙でなく獣骨が主な材料となっています。

その他、日本ではあまり知られていないものとして、
ミニチュア絵画を描く素地というものがあります。

ミニチュア絵画とは、主に貴族などの肖像画で、
旅行などで持ち歩くだけでなく、
お見合い写真代わりに使ったりしていたようです。
16-17世紀までは羊皮紙に描かれていましたが、
18世紀頃からは象牙の風合いが肌のなめらかな質感を出すのに
好まれて使われたようです。

ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館の展示解説です。
こんな薄くスライスした象牙の上に水彩絵具で描くには、
表面を荒らしたり、酢とニンニクで油抜きをしたり、
紙を置いてアイロンで加熱したり、
また、日光にさらして漂白したりしていたそうです。

この象牙は密輸が見つかって税関に押収されたものだと解説されています。

 解説によれば、象牙の上の水彩絵具の密着度を高めるため、
水彩絵具のアラビアゴムの濃度を高くしたり、
また、雄牛の胆汁(ox gall)を加えて表面張力を落としたりしたと
解説されています。
象牙でできた絵皿9枚を入れた象牙製容器は、
ジョージ・エンゲルハートというミニチュア画家の使っていたものだそうですが、
貴重ですね。

1760年頃にはWilliam Reevesという画材店が、調合済みの水彩絵具が入った
絵具箱を販売していたと説明されています。
それだけ需要が高かったということなのでしょう。


ミニチュア画家が絵を描く画架です。
目が良い人でないと無理ですね。

今では、もちろんイギリスでも象牙の輸入はされていないので、
代用品として使われるのがIvory Nuts(象牙椰子)というものです。

表面はこんな感じですが、

削ると、象牙色の肌が表れているのがおわかりでしょうか。
堅さは象牙よりはやや柔らかい感じがします。
日本では、東京の東急ハンズでも販売されています。

これを使って作品を作る外国人の根付彫刻師が何人もいるそうです。
詳しくは、Netsuke Societyのページをご覧ください。
かなりマニアックです。


2013年7月31日水曜日

絶滅危惧職種4&道具 (象牙)

象牙細工の続きです。
荒川区の象牙加工業者さんを見学に行った時の写真です。
 材料のアフリカ象の牙です。
牙ですから、中に神経等が通っている穴があいています。
これをうまく避けて加工するのが職人の技術です。
昔は中央に見えるような手引きの鋸で切っていたそうですが、
現在はさすがに電動鋸を使うそうです。

訪問時は、印鑑用の象牙を削っているところでした。

四角く切った象牙を轆轤にかけて円筒形に削ります。

象牙を支える「やっとこ」類です。

様々な太さや形があります。

その数、大きさにあわせてこんなにたくさん!

ヤスリや他の道具も多種多様です。

どうしても削りかすが気になってしまいます。
これを焼いて純粋なアイボリー・ブラックを作るとかできないものでしょうか。
捨ててしまうのは何とも勿体ない。

研磨には、「トリポリ」を使うそうです。
トリポリとは、元々はリビアのトリポリ付近で採取される天然の珪藻土で、
シリカ分が多く研磨能力に優れています。
通常「トリポリ」と言う場合は他国産の珪藻土を蝋で固めたものを指します。

ネックレスのビーズなどに穴を開けるボール盤です。

研磨用のモーター

前回、象牙はまだ少しは輸入ができるということを聞いて安心していましたが、
それよりも、この電動轆轤のベルトの生産が終了してしまっており、
この工房も、このベルトが切れたら店じまいするつもりだとのこと。
既に日本では木工用轆轤を製造する会社が
なくなってしまったという話を聞いていたのですが、
轆轤用のベルトを作る会社もなくなってしまったとは・・・
素材の供給と、職人さんに能力があっても、機械の部品がなくなってしまっては
昔の人力加工に戻るしかないのか・・・
なんとも残念な話です。

どうしても象牙でなければ、というものもまだまだ存在します。
例えば、三味線の撥は、三味線の音色が全く違ってしまうそうです。

工房の横のお店には、さまざまな象牙製品が展示されていました。

海外のもの、古いものもありそうです。

象牙が彫刻に用いられた理由は、
独特の質感が人間の肌の感じに似ていたことや、
質が均一で適度な堅さがあって加工がしやすいことなどがあげられます。

日本や中国だけでなく、欧米での象牙使用の例を次回ご紹介致します。

2013年7月30日火曜日

絶滅危惧職種3(象牙)

鼈甲の他、ワシントン条約で輸出入規制がかかっているものに、象牙があります。
象牙は日本では明治時代に細密彫刻をして海外に輸出して好評を博したり、
現在でもアクセサリーや印鑑として利用されています。

私の行っていたイギリスの学校では、
学部生は象牙彫刻の修理が必修になっていた時期がありました。
学生が修理をすることで技術を学び、依頼主は安く修理をしてもらえ、
修理代はコースの運営費に追加されるというメリットがあり、
外部から多くコンタクトがあるのです。

私は、自分では手がけなかったものの、
それぞれの象牙彫刻が日本製か中国製かいちいち聞かれたため、
付け焼き刃でいろいろ勉強せねばなりませんでした。

例えばこれが修理前
全体にカビが生えたように白い粉が吹いています。

修理後
白化部分がなくなり、象牙特有の色と質感が戻りました。

その他、さまざまな作品がありました。
これらを英語で"Okimono"と言うのです。
Okimonoは置いておくだけですからまだ良いのですが
根付のようなものに染みついた色は落とせません。


こういうものが日本製か中国製かの判別がつけづらいのです。
銘があれば手がかりになるのですが。

象牙だけでなく獣骨製品もありました。
獣骨は象牙よりも組織が粗いのでわりと簡単に判別がつきます。
これは中国製のからくり人形です。

これは19世紀の中国製のチェスのコマで、
マゼンタで着色されていました。
日本でも「撥鏤(ばちる)」というものがありますね。

さて、浅草の国際通りを一本裏に入ったところに、
「象牙会館」というのがあります。


ここの一階は「象牙工芸館」となっており、
象牙の製品や加工工程のビデオを見ることができます。
いきなり行くと担当者がおられない場合があるので、
電話をしてから行った方が確実です。
私も伺った時間がお昼の時間帯で、お昼過ぎてから出直しました。

さて、ここではずっと担当の方とお話をしていたので
写真を撮らせて頂くのをすっかり忘れておりました。

ご説明を伺ったところ、実はワシントン条約以降、
限定量ながらも正式に象牙は輸入されており、
私が会館を訪れた前日には、なんと象牙業者さんによる市(?)がここであったのだと
おっしゃられていました。
現地で管理されていた象が自然死した時に取った牙を販売することで
それが象の保護活動の資金になるのだそうです。
鼈甲とは扱いが違うということにも驚きました。

こちらでは象牙彫刻教室も行われておられます。
象牙を削ったことがある人はご存じかと思いますが、
特殊な刀を使い、かなり力を要します。

また、毎年4月上旬には、象牙供養という行事が
護国寺で行われているそうです。