2014年2月24日月曜日

ビンロウジの赤

2011年8月、ブータンの南の国境の町、サンドゥップ・ジョンカルの町中には
外国人が泊まれるホテルはたった一軒。
そのうちエアコンが設置されている部屋はたった一つだけということで、
その部屋に泊めてもらえることになったのですが、
本体にはスイッチも何もなく、
また、リモコンがどこにもありません。
フロントに聞きに行ったら、
エアコンは壊れているからリモコンも置いてない、とあっさり。
こんな冗談のような、ブータン人ガイド君も唖然とする状況で、
暑さをしのぐために全部の窓を開放したものの、
今度は隣の建物の方から流れて来る酸っぱいような臭いに困惑。
暑いか臭いかの究極の選択の後、その夜は窓を開けて寝苦しい夜を過ごしました。

寝不足の翌朝、
窓から問題の方向を見ても特に何も見当たらず、
謎の腐敗臭の原因をつきとめるべく、とにかく外に出ました。
すると・・・
隣の建物とホテルの間にこんなものが山積み!
これが酸っぱい匂いの原因だったのです。

建物の前にはこんな葉っぱも。
「キンマ(Piper betle)」の葉です。
これらは、タバコが禁止されているブータンでの嗜好品「ドマ」、
タイやミャンマーで「キンマ」と呼ばれるものの材料です。
語源は「キン(食べる)+マーク(ビンロウジ)」というタイ語で、
ミャンマーや香川で盛んな漆芸技法の名前「蒟醤(きんま)」は、
これを入れる容器の加飾方法からきています。

臭い実の日本語名は「檳榔子(ビンロウジ)」、英語でbetel nut。
椰子の仲間の「檳榔樹(ビンロウジュ)」Areca catechuの実です。
(綴りの似ているカテキュー・阿仙薬はAcacia catechuでマメ科植物です。)
これがビンロウジュ。
臭いの原因は、湿って腐りかかった外皮のせいだったようです。
道の反対側にはドマショップの看板を掲げた店が。
店頭に並ぶビンロウジの実の表面を刃物で削り、きれいにしたものが、
このお兄ちゃんの後ろのビニール袋に入っているものです。
口に入れて噛むため、
ブータンでは普通この実を半分から1/4に割ります。
そして、ドマの実とキンマの葉の他に
もう一つの材料が必要です。
これはティンプーのドマショップでドマを作っているところです。
右真ん中にあるペットボトルに入った白いものは、石灰です。
割ったドマの実と石灰をキンマの葉にくるんだものを口に入れて噛むのです。

キンマは胡椒の仲間の植物で、
少々ビリビリするような味が癖になり、中毒性があるとのこと。
噛んでいる人は一種の麻薬成分に気持ち良くなるようですが、
口の中は歯まで真っ赤に染まり、
しょっちゅう赤い唾を吐かねばなりません。
道ばたに真っ赤な汁が吐かれているのもたまに見かけましたが、
見て気持ち良いものでないので、一枚も写真がありません。
ブータンのあちこちの雑貨屋では
ドマを作って新聞紙に包んで売っています。
インド製の乾燥ドマ小袋入りもよく見かけますが、
もちろん生の方が味が良いとのことです。


私も一度、ガイドがいない時に試しに買って試してみましたが、
残念ながら私にはお世辞にも美味しいと思えるものではなく、
すぐに吐き出しました。
ガイドには後で「ガンになるし、外国人が口にするものではない!」と怒られました。
上流の人は口にしないだけでなく、催淫剤でもあるそうです。

さて、ビンロウジは嗜好品だけでなく染め物に使われます。
左が、東京の藍熊染料で買ったビンロウジ、
右がブータンのドマに入っていたビンロウジです。
(買った時生だったので、持ち帰るまでに少々かびてしまいました)
これを煮出してみます。

左から明礬(pH3)、水道水(pH7)、石灰水(pH13)で煮出したものです。
それぞれの上に置いてあるのは酸度を測る試験紙ですが、
水道水の煮出し後の水は酸性(pH4)になっていました。

ドマは噛むと真っ赤になりますから、
石灰水でかなり彩度の高い赤が出るのではと思っていましたが、
残念ながら濁った赤にしかなりませんでした。
これを金属で媒染したら、さらに彩度は落ちます。
ここにキンマの葉(そして唾液も?)加えたら、
もう少し違う色になるのかなと思いつつ。

2014年2月16日日曜日

天然の石鹸

最近はお正月に羽根つきをする光景も見かけませんね。
私の母校にはムクロジの木が何本か生えていて、
冬になるとこんな実があちこちに落ちていました。
少々古いので黒っぽくなっていますが、これがムクロジの実です。
※実は20年以上も前のものでした。

真ん中が殻を半分に割ったところで、右にあるのが種です。
これが羽根つきの羽根の玉(錘)になります。

 私の学生時代はインターネットもありませんから、
これが羽根つきの羽の玉になるということもあまり知られていなかったようで、
かと言って、知っていたところでそれを作るわけでなし、
でも、半透明の殻が美しくて、ついつい集めていました。

この殻が石鹸になる!?という事を知ったのはかなり後になってからです。
インドやネパールなどではSoapnutと言って、市場などでも販売され
この殻を砕いて石鹸として使っているそうです。
日本でも近年は染色関係の方の使用のみならず
エコな石鹸として使いやすい粉末を販売している業者さんがいくつかあります。

ほんとうに石鹸になるのか?試してみましょう。
コーヒーミルなどで細かく砕いた方が良いですが、これはハサミで適当に切りました。
これにぬるま湯を加えて、手でもんでみると
このように泡が立ってきます。

ムクロジの殻にはサポニンという天然の石鹸成分が含まれているために
石鹸のように泡が立つのだそうです。
日本のムクロジはSapindus mukurossi。
シャボンと石鹸の語源でもあるSapoというローマの丘の名前と、
「ムクロジ」の名前が入っているのです。
漢字で書けば「無患子」。
これを使えば患うことがないと思うと、なんとも頼もしい限りです。

この時期、母校のムクロジの実もばらばら落ちているはず。
拾う人がいなければ毎日きれいに掃除されてしまっていたので、
近かったら取りに行きたいところです。

2014年2月13日木曜日

春遠からじ

立春が過ぎてから、寒さが一層厳しくなったような気もしますが、
日増しに日が長くなってきて、日中の活動時間も長く取れるようになってきました。
そんな中でパソコンに向うのは勿体ないと思いつつも
各所からいろいろと問い合わせが重なり、
更新もなかなかとなっております。

さて、庭の漆の木の様子も最近全くお伝えしていませんでした。
おかげさまで今年は山に十分な食べものがあるのか、
鹿の被害は今のところありません。

中央が今一番大きくなっている木です。
右側に傾いている木が、一昨年鹿にやられた木ですが、
その後は順調です。

天辺は新芽の準備万端。

近くで見るとこんな感じで、新芽が待機中です。

頭でっかちになって、たくさん枝を伸ばそうとしてますね。

まだまだ霜も降りますし、今週末もまた雪の予報が出ています。
漆の木も暫くはこの状態が続きます。

2014年2月4日火曜日

地味な作業

中国の鍛金工房の話題を書いたところで、
同じチベット仏教のブータンの工房を思い出しました。

首都ティンプーの裏通りで
お客さんが誰もいない土産物店の
ショーウインドーに並ぶ巨大な漆器に驚き、
ガラス越しに写真を撮っていたら
「中に入ればいいじゃない」と声をかけられました。
イタリア人の団体を自由行動にしたので、時間が余ってぶらぶらしていた
ツアーガイド君でした。

彼によれば、ここの漆器はティンプー郊外のジミナ(Gemena)で作られていて、
あらかじめ予約をしておけば、職人が作業しているところが見学できる、
自分は何度か行ったとのこと。
そんな情報は全く聞いたことがないので是非行きたい
詳細を教えてくれとしつこく聞きましたが、急に行っても駄目だから、の一点張りで、
とにかく地名の綴りだけを書いてもらい別れました。

ホテルに戻ってこちらのガイドに聞いても、そんな話は聞いたことがない、
ジミナにはダルマという金属仏を作る会社の工房があるだけだ、と言うのですが、
こんな近くにいるのだから探しに行こう、
最悪でもそのダルマという工房を見に行こうと、翌日の予定に無理矢理組み込みました。

ティンプー市内にはダルマのショールームがあるから、まずそれを見て、
その間にガイド君は水など買い物をしました。
店内が暗くピンボケですが、仏像が並んでいます。
顔の部分は特に大切なのか、ひとつづつ丁寧に梱包されています。

粘土の原型も置かれていました。

ここからジミナに向いました。
道中で人に出会うたびに、漆器工房はないかと聞き続けたものの
そんな場所は聞いたことがないという返事のみ。
おそらく、外国人ツアー向けにその時だけどこかから職人を呼んで
実演を見せているだけじゃないかという
ガイド君の結論でした、

仕方なくここは諦めてダルマの工房に向かいました。
工房は病院などのある町の中心からさらに奥の
材木加工場や採石場を越えた、
道路の終点のような場所でした。

 工房の入り口です。看板も何もなく、入り口も開けっぴろげです。
中には仕切られた小部屋がいくつかあります。
手前の部屋では、鋳造した仏像の仕上げ作業をしていました。
ヤスリで一つづつ磨いています。
傍らには大量の仏像が。
ネパールなどにも輸出されるそうです。
中央の大きな作業場には製作途中の品が。

隣の小部屋では、ヤニ台に接着した金属を加飾中。
手慣れた職人技ですね。
 その横でも、別の板をヤニ台に接着する準備をしていました。
女の子達も細かい仕上げ作業中。
ドマ(蒟醤:ビンロウジュの実で嗜好品)を入れる箱でしょうか。

奥の部屋では、蝋型を成形する作業中でした。
蝋型の細かい部分の修正です。
向かいの閉め切った部屋の中では、腐食液に金属板を浸していました。
腐食が進むと、表面に塗った塗料を削った部分の模様が凹み、模様として残ります。

鋳造は中央の土間で行われるようでした。
つまり、全ての金属加工がこの一カ所で行われているわけですが、
基本、やっている事は日本と同じです。
後で聞くと、ジミナには再生紙の製造工房もあるという話でした。

将来、こういう工芸工房を巡るツアーができたらいいなあ、
と、同行のMさんがつぶやきました。