2011年8月、ブータンの南の国境の町、サンドゥップ・ジョンカルの町中には
外国人が泊まれるホテルはたった一軒。
そのうちエアコンが設置されている部屋はたった一つだけということで、
その部屋に泊めてもらえることになったのですが、
本体にはスイッチも何もなく、
また、リモコンがどこにもありません。
フロントに聞きに行ったら、
エアコンは壊れているからリモコンも置いてない、とあっさり。
こんな冗談のような、ブータン人ガイド君も唖然とする状況で、
暑さをしのぐために全部の窓を開放したものの、
暑さをしのぐために全部の窓を開放したものの、
今度は隣の建物の方から流れて来る酸っぱいような臭いに困惑。
暑いか臭いかの究極の選択の後、その夜は窓を開けて寝苦しい夜を過ごしました。
寝不足の翌朝、
窓から問題の方向を見ても特に何も見当たらず、
謎の腐敗臭の原因をつきとめるべく、とにかく外に出ました。
すると・・・
隣の建物とホテルの間にこんなものが山積み!
これが酸っぱい匂いの原因だったのです。
建物の前にはこんな葉っぱも。
「キンマ(Piper betle)」の葉です。
これらは、タバコが禁止されているブータンでの嗜好品「ドマ」、
タイやミャンマーで「キンマ」と呼ばれるものの材料です。
語源は「キン(食べる)+マーク(ビンロウジ)」というタイ語で、
ミャンマーや香川で盛んな漆芸技法の名前「蒟醤(きんま)」は、
これを入れる容器の加飾方法からきています。
臭い実の日本語名は「檳榔子(ビンロウジ)」、英語でbetel nut。
椰子の仲間の「檳榔樹(ビンロウジュ)」Areca catechuの実です。
(綴りの似ているカテキュー・阿仙薬はAcacia catechuでマメ科植物です。)
これがビンロウジュ。
臭いの原因は、湿って腐りかかった外皮のせいだったようです。
道の反対側にはドマショップの看板を掲げた店が。
店頭に並ぶビンロウジの実の表面を刃物で削り、きれいにしたものが、
このお兄ちゃんの後ろのビニール袋に入っているものです。
口に入れて噛むため、
ブータンでは普通この実を半分から1/4に割ります。
そして、ドマの実とキンマの葉の他に
もう一つの材料が必要です。
これはティンプーのドマショップでドマを作っているところです。
右真ん中にあるペットボトルに入った白いものは、石灰です。
割ったドマの実と石灰をキンマの葉にくるんだものを口に入れて噛むのです。
キンマは胡椒の仲間の植物で、
少々ビリビリするような味が癖になり、中毒性があるとのこと。
噛んでいる人は一種の麻薬成分に気持ち良くなるようですが、
口の中は歯まで真っ赤に染まり、
しょっちゅう赤い唾を吐かねばなりません。
道ばたに真っ赤な汁が吐かれているのもたまに見かけましたが、
見て気持ち良いものでないので、一枚も写真がありません。
ブータンのあちこちの雑貨屋では
ドマを作って新聞紙に包んで売っています。
インド製の乾燥ドマ小袋入りもよく見かけますが、
もちろん生の方が味が良いとのことです。
私も一度、ガイドがいない時に試しに買って試してみましたが、
残念ながら私にはお世辞にも美味しいと思えるものではなく、
すぐに吐き出しました。
ガイドには後で「ガンになるし、外国人が口にするものではない!」と怒られました。
上流の人は口にしないだけでなく、催淫剤でもあるそうです。
さて、ビンロウジは嗜好品だけでなく染め物に使われます。
左が、東京の藍熊染料で買ったビンロウジ、
右がブータンのドマに入っていたビンロウジです。
(買った時生だったので、持ち帰るまでに少々かびてしまいました)
これを煮出してみます。
左から明礬(pH3)、水道水(pH7)、石灰水(pH13)で煮出したものです。
それぞれの上に置いてあるのは酸度を測る試験紙ですが、
水道水の煮出し後の水は酸性(pH4)になっていました。
ドマは噛むと真っ赤になりますから、
石灰水でかなり彩度の高い赤が出るのではと思っていましたが、
残念ながら濁った赤にしかなりませんでした。
これを金属で媒染したら、さらに彩度は落ちます。
ここにキンマの葉(そして唾液も?)加えたら、
もう少し違う色になるのかなと思いつつ。