2016年8月19日金曜日

Dhokraの鋳造品(1)蝋型作り

インド最大のラック生産地ジャールカンド州から西ベンガル州、ビハール州の一帯では
Dhokra(ドクラ)という鋳造工芸品が作られています。
Dhokra製品は、モヘンジョダロからも見つかっており、
4,000年以上の長い歴史があると言われています。
ジャールカンド州の工芸振興を行っているJharcraftという団体が
Hazaribagh(ハザリバーグ)という町で運営する工芸村に、
製作工程を見せてくれる工房があるということで、
インド天然樹脂研究所元所長のR博士ご夫妻が見学をアレンジしてくださいました。

中に誰もいませんが、実はこの日はインドの祝日でお休みだったのを
特別にDhokra部門だけ開けてもらったそうです。

Dhokraの工房は工芸村の一番奥にありました。

中ではたくさんの男の人たちが、何やら火を囲んで作っています。

これが完成品のひとつ。
つまり、ロストワックスの蝋型を作っているのです。
色が違うのは、硬軟2種のワックスを使い分けているからです。
こういう細い紐状の形がDhokraの特色の一つです。


同じ形をたくさん作りますが、全て手作業で型はありません。

材料のひとつはこれ、蜜蝋。

もう一つは透明なDhunaという樹脂で、
ヒンズー教のお香としても使われるものです。


左が蜜蝋、右2つがDruna樹脂。
あとで調べてみたら、沙羅双樹(Shorea robusta)のから取れる樹脂で、
コーパルの一種のようです。

実は、JharkraftのサイトのDhokra工芸の工程解説には
蝋型にはラックも使われていると書かれていたので
かなり期待していたのですが、
残念ながらここでは使っていませんでした。
Dhokraは他の地域でも作られているので、
もしかしたら使っている地域もあるのかもしれません。
蝋型ができたら、そこに目の細かい粘土を均一にかぶせます。
重要なのは、溶けた金属を注ぐ口をあけることです。

さらに上にスサを入れた粗めの粘土を盛り、倒れないような形にします。
下の型は上が金属注ぎ口になります。

粘土を乾かしている途中はこんな感じ。
形状によっては入れやすいところにそそぎ口を作ります。
これは頭の後ろ。

この後鋳造の様子を見せてもらうのですが、
炉の準備が整うまで改めて工程を説明してもらいました。

例えば、この蝋型から鋳造すると

左のようなものができ、それを研磨すると右のようにピカピカになります。

これも蝋型とそれからできた製品。
もちろん重量も全然違います。


磨くのはこんな機械です。

さて、次は鋳造の様子です(続く)

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この調査は科研費の助成で行われました。

2016年7月10日日曜日

ブータンのラック養殖(3)モンガルの某村

ブータンのラック養殖地を何度か訪問している方々から
ラック養殖に関して情報をいただき、
(しつこく質問しまくった、というべきかもしれません)
さらに現地のAさんに調べていただいたところ、
なんとも不思議なご縁でラック養殖家さんを見つけてくださいました。
Aさん、ありがとうございます!

実はこの養殖農家さん、
この春から3年ぶりに養殖に復帰されたばかりということで、
そういった事情から、場所とお名前は伏せさせていただきます。

この方のお住まいは、夏の寄生木の生える地域の近くでした。
電話で道路の近くまで出てきていただいて、
その木のある場所まで徒歩で向かいます。

ルルムシン、別名ツォシンです。
2011年に通りがかりの若い女性が枝を折ってくれた木と同じ木で、
(Engelhardia spicata)
インドナツメと比べ、かなり背の高い木です。

枝についているのが種ラックです。
これは、小さめのラックなので、束にして縛り付けられています。


大きめのラックは、枝を2つに折り曲げて逆V字にして下げるそうです。
今年は5月17日から作業を開始し、この日は5月26日、
移動作業は1−2匹の幼虫の孵化を確認した頃から開始するとのことなので、
間違いなく幼虫は孵化して定着している頃です。
種ラックは若い枝が必要なため、かなり木の上の方にあり、
これじゃあ幼虫は見られないかなあと思っていたら、

あっという間に木に登って枝を取ってくれてしまいました。



うわ〜、殺生だ、ごめんなさい!
と、思いつつ、せっかくの機会、観察です。

既に枝にびっしりで、定着している様子。
でも、虫眼鏡でよく観察すると、
なにやら動くものが。

なんと、出遅れ組が残っていました!

この養殖農家さんを見つけてくださったAさんも大感激してくださいました。

小さいのに健気で可愛いですね〜

実は、この養殖農家の方も
これまでラックカイガラムシをちゃんと見たことがなかったそうで、
我々が大喜びする様子に、自分も虫眼鏡で見てみたいとのこと、
もちろん!とお渡しして見ていただいたのですが
「う〜ん・・・」と苦笑い。

さて、幼虫を見せるためにわざわざ折ってくださった枝、
このまま残すにはしのびなく、
既に定着してしまった虫たちはどうにもならないのですが、
まだ動いている虫たちが少しでも生き延びてくれるよう、
若い枝に縛り付けてもらいました。

秋にはたくさんの卵を持ってくれますように。

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この調査はサントリー文化財団の助成で行われました。

2016年7月9日土曜日

ブータンのラック養殖(2)Yayung

これまでラック農家さんには会えたものの、
ラック養殖地の訪問は叶いませんでした。
今年のガイドのDさんは、実は最近ラック養殖地に行ったということで、
Yadiの次に連れて行ってくれたのはYayung、またはYayumという村です。
ここは川の側で標高が低く、冬の養殖地とされている場所です。

道中にもたくさんインドナツメ(カンカルシン)があり、期待が高まります。
目印の家の前で車を停めて、進んでいくと、

あ〜〜、

枝が見事に切られたインドナツメの株ばかりです。
この時は5月末、既にラックの幼虫が孵化する時期で、
切られた枝は夏の木に移動させられた後だったのです。
Dさんも、去年自分が来た時には確かにラックがあったのに・・・と
がっかりしながら、さらに周囲を探します。
しばらくすると、「あった〜!」の声

道の反対側に枝が残るインドナツメがありました。

ありました、ラックです!

よく見ると、既に幼虫が孵化した後の状態です。

若い枝には既にびっしりと幼虫がついていました。
手足が完全になくなっているので既に2齢です。
色が濃く見えるのは、残念ながら孵化して定着したものの、
その後なんらかの理由で死んでしまった虫です。

この状態になってしまったら、もう幼虫を動かすことは不可能ですから、
おそらく、この木のラックは予想より早く孵化してしまい
夏の木に移動し損ねてしまったもので、
このまま秋までここに残されて、一旦収穫されるのでしょう。

残念ながらこの日、この木で養殖しているラック農家さんはお留守で
お目にかかれませんでした。

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この調査はサントリー文化財団の助成で行われました

ブータンのラック養殖(1) Yadi

今回のブータン漆調査で大きな比重を占めていたのがラックです。
なぜ漆調査でラック?
というのも、ケンカルでも説明したように
ブータン漆器の木地は全て木工轆轤で加工されているのですが、
その木地を轆轤の回転軸に接着するのが、
染色をする人がラックの赤い色素を煮出した後の残りの樹脂
「ラチュ」だからです。

ラック染めのブロクパの赤いマントの上に置いてあるのが「ラチュ」です。
(色が微妙に違うのは、ラックの質の違いだと思います。)

2011年、2012年の気候不順で、世界的に(と言ってもアジアの特定地域だけですが)
ラック農家が激減している状況にブータンも例外ではないだけでなく、
敬虔な仏教徒が多いブータンでは、
ラック養殖は多くの虫を殺す殺生だという話が広まり
養殖農家は数件に減ってしまったということをいろいろな人から聞いていました。

最初にラック農家を見つけたのは2011年、ヤディ村です。
ガイドのTさんに、ヤディ村にラック養殖をやっている人がいるから、
探してくれということを言っておいたところ、
ヤディに近づく道すがら、通行人を捕まえて聞きまくり。
まずはこの若い女性。
ラック農家は知らないけど、ラックをつける木は知っているから
取ってきてあげると言って、
すぐ横の茂みにどんどん入っていきます。
あらびっくり。
ちゃんと鎌まで持っていたのです。素晴らしい。
この葉っぱの大きい青々した木です。
名前は「ツォ・シン」だと言いました。
"tso"はラック、"shing"は木の意味ですから、つまり「ラックの木」です。
この時はまだ学名はわかりませんでした。

さて、次はおばあちゃん。
背景にバナナの木があるように、ここが暖かい地域ということが理解できます。
このおばあちゃんが、知ってるよ、と家を教えてくれました。

何か作業中です。
大きなフライパンでトウモロコシを炒ってます。
後ろでは製粉中。
めちゃくちゃ忙しそうです。

次に、大きなミルク缶を運んできました。
これがご主人のKさんでした。
ブータン人が好んで飲む「ダウ」(チーズを取ったあとの乳清)でした。
お忙しいところのアポ無し取材は申し訳ないので、
乳清を人数分購入し、
やっとラックの話をしていただきました。

当時38歳だったKさんは三代目でラック養殖歴20年。
ラック養殖には技術と頭と中庸の気候が必要。
ラックをつける木はカンカルシンとツォシン。
5月に低い谷に下ろすが、その時はチャンバクタンシンを使う、
木は70本、田んぼの近くに植えている。どんな大きさの木も使う。
1gから1kgのラックが取れ、1年に50キロ採取する。
10月が採取時期で、11月にティンプーのサブジバザールで販売する。
夏にとれたラックは冬より質が劣る。
今、ラックのついた木のあるところに行くには
徒歩で1時間くらいかかるからダメだとのこと。
残念ですが仕方ありません。
というわけで、前年秋のストックから少量を分けてもらいました。

ガイドのTさんはカンカルシンのある場所を知っているというので
道中で教えてくれました。
標高がかなり下がった川の側です。

トゲのついた枝。インドナツメ(Ziziphus mauritiana)です。

葉の裏は真っ白。しかし、この時この木にはラックはついていませんでした。

この後、タシガンのチェックポイントの側では
インドナツメの花と実がありました。
ここにもラックはついていませんでしたが、
この時は、この木がラックの冬の寄生木だということは知りませんでした。


この後何度かKさんのお宅に伺いましたが、
去年はお留守で、奥さんにもお目にかかれませんでした。
今年久しぶりに伺ったものの、
やはりKさんは不在で、奥さんだけがおられました。
残念ながらKさんも3年前にラック養殖をやめてしまったそうです。
理由はやはり、殺生だからということ。
これがKさんの最後のラックです。

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2011年の調査は美術工藝振興佐藤基金、
2016年の調査はサントリー文化財団の助成で行われました。