2013年9月13日金曜日

老酸奶

1989年に北京にはじめて行って、気に入ったのが酸奶(すわんない)。
ちょっと甘く味付けされた、
中国人が大好きな人気のドリンクヨーグルトです。
滞在中、ほとんど毎日のように飲んでいました。
人気があるので、朝行かないと売り切れということもあり、
早起きして買いに行きました。
当時は普通の牛乳が売っていなくて、
酸奶だけが売っているという状況も不思議でした。
写真が白黒なのは、当時は一台しかカメラを持っておらず、
たまたま白黒フィルムが入っていた時にしか写真を撮っていなかったからなのですが、
余計にレトロに見えますね(笑)

白い焼きものの瓶に入っていて、
上にかぶせた紙にストローを突き刺して吸って飲みますが、
この瓶にいろいろ種類があって可愛くて、
お土産として何回か持ち帰っていました。
瓶は返すと返金してくれるシステムですが、
もちろんその場の立ち飲みも可能です。

これらは、店にあった違う種類の瓶を全部並べて写真を撮らせて欲しいと
お願いして撮影したもので、
そのかわり、2枚目の写真の手前に並んでいる酸奶は
全部買って帰りました。

1989年当時の北京の裏通り(胡同)

こんなお店やら

こんなお店で売っていました。
店頭での立ち飲みももちろんできました。

 今回、この酸奶が売っていたら是非買おう!というのが
私とH先生の目標でした。
さすがに20年以上経っており、今じゃ珍しいんじゃないかという想像の通り、
地方都市では既にガラス瓶やプラスチック容器入りばかりで
ようやく見つけたのは銀川のみ。
逆に、北京の町中では「老酸奶」という名前で大々的に売っておりました。

銀川では瓶代含めて5元、
北京の王府井の出店では瓶代なしでなんと8元で売っており、
もちろん裏通りで、瓶代含めて5元で買いました。

左が、1989年に入手して家に唯一残っていた瓶。
真ん中が銀川で入手したもの。
左が北京の裏通りの店で買ったもの。
北京のは瓶が小さい!!!
そして、なんかきれいになりすぎていて、風情がないですね。
白の不透明強化ガラスっぽい瓶もありました。

それと別に、スーパーではスプーンですくって食べる酸奶も販売されており、
過去中国に留学し、毎年何度も中国に調査で来るTさんが
「中国にこんな酸奶ができていたなんて・・・」驚愕していました。

ついでなので、1989年9月末の国慶節直前の天安門です。

通勤時間外ですが、とにかく車が少ない!

毛沢東の写真の前ではみんな門の方を見ていますね。

反対側から。ビルが全然なくてすっからかんです。


裏通りにはこんな感じの自転車修理店も多くありました。
今回は自転車が激減していたことにも改めて驚きました。

2013年9月10日火曜日

黄河の羊皮の・・・

今回訪問したのは、中国国内でもムスリムの多い地区です。
昔、日本ではイスラムを「回教」と呼んでいましたが、
中国の少数民族「回族」の信仰する宗教、という意味でした。

ムスリムは豚は食べないので、ムスリムの多い蘭州を中心とした地区では
豚でなく牛でスープを取る「牛肉麺」が有名ですし、羊もたくさん食べます。
もちろんそれらもハラールというお祈りをして屠殺しますので、
その方法で屠った肉を使った料理は「清真」と表記され、
「清真料理」の店は緑色の看板が出ていることが多いです。

さて、その蘭州と言えば町の中心を流れる黄河です。

実は、先に訪れた北部の銀川市の
黄河の最も上流だから水がきれいだと言われた場所でも、

既に黄色っぽい色がついていて、川底も見えませんね。

そこから下流の蘭州ではただの泥水になっていました。

ここでふと、今回の調査の企画者のUさんが、
「そういえばここで昔、関口智宏が羊皮のボートに乗ってたのを
NHKの番組で見たけど、今もあるのかなあ?」
とぽつり。

私を含め、他のメンバーはその番組を誰も見ていないため、
羊の皮で舟なんかつくっても水でふやけて沈んじゃうんじゃないの?
などと話していました。
私は、ウェールズの「コラクル」みたいなボートを想像していたのです。


そうしたら、なんとなんと、いました!
こんな水量が多くて流れが速い泥水の川で、
なんというチャレンジャー達!
さっそく望遠レンズで撮影してみたところ、

舟じゃなくて、これは筏です!
想像していたものと全く違いました。

皆さん救命胴衣まで着用なのに、
ピンクの日傘がなんとも呑気な風情を醸し出しています(苦笑)。
実際、かなりの猛スピードで下っていました

驚くことに、複数のグループがおります。

波の立ち方で、川の流れの速さが推測できるかと思います。
落ちたら救命胴衣をつけていたってかなり先まで流されること必至。

船頭さんは全く漕がないで、舵取りに専念です。
あれ、船頭さんは救命胴衣をつけていません!
そしてやっぱりお客さんはピンクの日傘。。。

とにかくUさんは実物を目の当たりにして大喜び!
さすがに乗りたいとは言いませんでしたが、
中国人の通訳さん達も「これで日本まで帰ったらどうでしょうか?」と大はしゃぎ。
中国人通訳さん達も見るのは初めてだったようです。

 翌日、白塔山公園内の「非物質文化財資料館」を見学したところ、
羊皮筏の現物がありました!

羊まるごと一頭分を、毛だけ処理して
首と足の穴を縛って浮き袋にしてつなげているとは。
確かに木より軽くて運びやすく、浮くことは間違いないです。
最初に発明した人の発想力に敬服です。

昔の羊皮筏の写真も展示されていました。
説明がなければ何だかわかりませんね。
(夜店の綿菓子のようにも見えてしまいます)

これだけぱんぱんに羊皮に空気を入れるには、
人間が吹いてふくらませていたのでしょうか?
そして、内側の肉やら内蔵はどのように取り出していたのでしょう?
驚いて細部をじっくり見忘れてしまっていて、
まだまだいろいろ謎が残ります。

ちなみに、青海省の博物館では羊皮紙に描かれた中国画も展示されていました。
紙があっても羊皮紙も一応作られていたのですね。

2013年9月9日月曜日

金鋸刃の意外な利用法

寧夏回族自治区の固原では、回族居住地の近くの市場も訪ねました。
寧夏は中国最大のクコの産地だそうで、
銀川、固原市内の商店街にはもちろん、
ここにも干したクコと、新疆の干しぶどうなどを売る出店が何軒かありました。

 ここのクコは高品質で、北京なら5-10倍くらいの値段だと
中国人の通訳さん達が大喜びして
キロ買い(!)し、強烈に薦められて我々も購入しました。
で、量り売りといえば紙袋か何かにがさっと入れてくれるかと思ったら
今では市場でもこんな立派な印刷した袋に入れてくれるんです。
この袋は、下が開いていて、下から商品を入れて封をする方式です。

さて、封はどうするのかと思って見ていたところ、
何か後ろの方でやっています。

良く見ると、金鋸の刃とライターを持っています。
まず、袋の端を金鋸の刃にあわせて折り曲げています。

そして、金鋸の刃をライターの火であぶって、
伝導熱を利用して密封していたのです。
(やけどしないくらいの温度ですね)

これまで何千袋もこうやっているのでしょう、
袋の封も全部がきれいに接着されていました。
これはすごい技術です!
3件の店を見ましたが、全ての店主が同じ方法で封をしていました。
電気もない屋外で、最初にこの方法を考えた人はすごいです。
(ちなみに、町中の店では電気でシールする機械を使っていました)

追記:これが金鋸の封の様子です。


開いている場所はありませんし、皺もありません。

こちらは商店街の店で電気シール機械で封されたものです。

ご覧のようにしわくちゃです。

今では100円ショップでも売っている金鋸の刃は、
もちろん鋼でできています。
ライターの火で熱すればもう焼きは戻って鋸としては使えないでしょうが、
金鋸のこんな使い方というのは目から鱗でした。
何かの災害の時にも役立つかも???

2013年9月7日土曜日

紀元前の量産

中国国家博物館には数多くの素晴らしい作品があります。
そういった名作はいろいろな印刷物などに出ているかと思いますので、
いちおう「工藝素材研究所」のブログということですから、
普段はあまり図録に出ないような物をご紹介します。

これは、商前期(紀元前16−14世紀)の青銅器の鋳型です。
「陶」と書いてあるので、焼き物でできた型のようです。

青銅器を鋳込む時の型の説明図もちゃんとありました。

これは同じ時代の鏃の型。

これは同じ時代の刃物の型。

で、これは二里頭文化(紀元前2100-1800年頃)の石製の型。
陶製や石製の型ということは、再利用をしていたということでしょう。

こちらは四角い製品を作る型の図です。
図はかなり単純化して描かれていますが、
紀元前に既にこんな複雑なシステムが完成していたことに驚きです。

これは周(紀元前11世紀〜紀元前771年)に作られた「利」という青銅器です。

こんな型からは

こんな人形が量産されていたということでしょうか?
(型の方が時代は古いです)

有名な陶俑もどうも型があったようです。



商時代の陶製のるつぼも展示されていました。

「陶器のるつぼや鋳型」に疑問を持たれる方もおられるでしょう。
青銅は銅とスズの合金で、鉄より溶解温度が低いのです。
スズが30%程度なら溶解温度が700℃程度ということですから
陶器でできたるつぼや型も割れたり溶けたりしないのです。
鉄の溶解温度は純粋なもので1535℃、
炭素などの不純物を含む鋳鉄で1200℃程度ですので、
陶器のるつぼや鋳型は青銅だからこそ可能なのですね。

2013年9月6日金曜日

中国国家博物館

北京と言えば天安門広場。

丁度工事中で、辛うじて毛沢東の肖像だけが見えました。

この広場に入るのに、以前は地上の横断歩道で自由に行き来ができましたが、
現在は地下道で検問をくぐらないと入れないようになっています。
これではデモ隊なども入れないですね。

天安門広場に向かって右側、人民大会堂と反対側に
中国国家博物館があります。
この場所にあった歴史博物館を2003年に改装したのだそうですが、
以前北京に来た時にはその存在すら全く知りませんでした。
今回の北京滞在は正味1日だったので、
北京のガイドブックは誰も持って来なかったのですが、
案内の中国人通訳さんも驚くような巨大さでした。

朝9時に開館しますが、入るまでが大行列です。
リュックなど大きなカバンを持っていると、横の検査所に回されるので注意です。
45センチ以内なら大丈夫なはずですが、
入り口に立っている係員が大きいと思ったら反論はできません。

また、最も注意しなければいけないのは、
今日入ると、明日明後日は入れないという制限です。
つまり、3日に一度しか入場できないというわけです。

これについては中国人の通訳さんが言っていたので
(この博物館に来たのは初めて)
外国人に対してはどうなのかわかりませんが、
IDカードでいちいちチェックしているからわかるそうで、
入場無料になってからたくさんの人が来すぎると困るからという
対策の一つだということです。

実は、我々は到着日にここに行く予定だったのですが、
空港からのバスが渋滞で遅れたため、
博物館横に到着したのが閉館15分前でした。
(※観覧券の配布は15:30までなので全く間に合っていませんが)
翌日朝は荷物とIDのチェックで、入場するのにゆうに30分かかり、
前日入れなくて良かったと皆で実感しました。

で、入ってからがまた大変。
館内の案内パンフレットなど一切ないのです。
案内所に行ったら、横にあるこのボードを見るように、というだけで終わり。
これじゃどこに何があって、どれだけの規模なのかも見当つきません。
横にいた欧米の方も困ってらっしゃいました。

とにかく、順番に見ようということで、地下から入りましたが、
これは正解でした。
(ちなみに、北館の地下から入れば古い時代から見られます)

地下全部が中国の古代から清時代くらいまでの時代別展示になっており、
とにかく、ここからいつ出られるのかと思える程の膨大な量でして。
我々は12時に一旦ロビーに集合としていましたが、
当然、とても見終わらず、
1時半までと延長したものの、とても上の階まで見ることは不可能でした。
全部を見るにはまる一日が必要でしょう。
(誰もこんな大きな博物館だと思っていなかったので
前日の予定に組み込まれていたわけです)

では、お昼はどうするのでしょう?
館内で喫茶店などは見かけましたが、
なんと、博物館の売店にビスケットやら飲み物が販売されていて、
物を食べながら見ている人もいるといて仰天しました。
お弁当も持ち込みできるらしく、
(水も、検問でひとくち飲めばOKです)
館内(!)のベンチでお昼ご飯を食べている姿も。
ほとんどの展示品はエアタイトのガラスケースに入っているので
直接大きな問題はないのかもしれませんが、
いやはや、こんな博物館というのも初めてです。
実際、昼食を食べてから来る人も多いとかで、
午後2時くらいからまた混むらしいです。

そしてまた面白いことに、
展示品と一緒に記念写真を撮る人がとても多いのです。
私は中国の歴史についてはほとんど知識がないのですが、
同行の方が、教科書に出ているような品だらけとおっしゃっていました。
教科書に出ている品と一緒に記念写真、というのが
博物館でのトレンドなのでしょうか?
器物の写真を撮りたくとも、記念写真の人が終わるのを待ってから、
というのも、海外ではあまり見かけない光景かもしれません。
今や中国でもスマートフォンやデジカメ、
iPad(の類似品)を使う人が多数でした。

行かれる際には、ウエブサイトで内容を確認してからの方が良いと思います。
(フロア案内を見ても何がどこにあるのかよくわかりませんが
ないよりはましでしょう)


もちろん、展示品は並んででもお昼抜いてでも見る価値ありますよ!

2013年9月5日木曜日

漆大国?

中国に行ったことがある方は経験済みと思いますが、
中国国内を車で移動していると
しょっちゅう「漆」の文字を見かけます。
日本では漆の産地以外ではありえませんね。

「漆包線」?
「三棵樹漆」?

既にご存じの人も多いと思いますが、
もちろんこれらは日本人の想像する漆ではなく、
単に「塗料」という程度の意味です。

ちなみに、「漆包線」は、エナメル線のことらしいです。
その他、自動車修理工場では「噴漆」という文字がみられます。

では、天然漆は何というか?
「大漆(ダーチー)」と呼ぶようです。


町中で「漆」の文字が多く見られるのとは逆に
今回訪問した各都市の博物館、新華書店や外文書店を回り、
「漆」は中国ではマイナー文化なんだなという実感が強くなりました。
陶磁関係の書籍が多いのは予想できましたが、
それ以上に多かったのが「玉」(石)の関係の本でした。

お金持ちが増えて、いわゆる骨董を趣味とする人口が増加したためか
骨董品を見極めるガイド本のようなものもたくさん出ていましたが、
これらは北京では山積みされていたのに、
他の地方では見かけることもなかったりと、
やはり都会と地方では購買層の違いがあるのだなという印象も受けました。
地方の書店ではカバンは必ず入り口で預けるか封をされるのですが、
北京ではカバン持ち込みが普通でした。
これは、地方都市ではまだまだ本は高い、という感覚だからだそうです。