新年あけましておめでとうございます。
さて、本年、2月13日(土)に、
京都市の稲盛記念会館にて、
第一回ラック研究会・講演会を開催する運びとなりました。
私がラックの研究を始めたきっかけは、
ラックは欧米で漆工品の修理や、模造品に使われるということを知り、
イギリスの額縁修理の仕事をしている友人の協力を得て、
専門の先生を紹介していただいて、伝統塗装材料の研究を始めた時です。
17世紀、東インド会社の交易が盛んになったことから
ヨーロッパではこれまで見たこともない黒地に金蒔絵の施された
東洋の漆工品が大人気となったものの、
その供給が需要に追いつかず、ヨーロッパでも同じものが作れないかということで
使われたのがラックだったのです。
ラックは水や油には溶けませんが、
アルコールやアルカリ水溶液などに溶けます。
その当時、蒸留技術が進み、純度の高いエタノールが作れるようになったことから、
エタノール(酒精)に溶かしたラックワニスを使った塗装が
イギリスを中心に広まりました。
その最も有名な本が、1688年に発行された、John Stalker & George Parkerの
この本の現物をお持ちのラッカー研究家で
既に高齢のため学校を退職されていたB先生宅に通いながら、
先生と共に、その処方に沿った当時の塗装品の復元製作を行っていました。
この本の塗装法は「ジャパニング」と呼ばれるもので、
ラックの他にも複数の植物性樹脂を用いており、
北ロンドンのBethnal Green駅から徒歩5分くらいにある
AP FITZPATRICKという画材専門店でいつも材料を購入していました。
ここは、ドイツのKremer Pigmenteと、
イギリスのAF Suterという会社から樹脂を仕入れていました。
AF Suter社は1990年代までは小売りもしていたそうですが、
私がロンドンで研究をはじめた当時には既に郊外に移転しており、
小売りも止めていましたが、
B先生はロンドンにこの会社があった当時はここで材料を買っていて
いろいろ資料ももらっていたとのことでした。
"A Treatise of Japaning and Varnishing"では、
材料として、松ヤニなどが混ぜられている可能性があるシェラックでなく
スティックラックを粉砕・洗浄しただけのシードラックを使うことを薦めており、
いつもシードラックを使っていたのですが、
ある時、足りなくなり、買いに行ったら、
値上がりしていた上に、以前と品質がガラリと変わっていたのです。
右が後で同じ店で買っていた友人から譲ってもらった古いシードラック
左が新しく入荷していたシードラックです。
これ、どう見ても同じって言えませんよね。
私はこれを溶かしたシードラックにランプブラックを混ぜて
黒ワニスを作っていましたから、当然色は褐色の方が深みがあって良かったので、
いきなり色が薄くなってしまっては、試作品を作っても正確な比較ができません。
当時、AF FITSPATRICKは店長?も変わってしまっていて、
残念ながら以前のことはよくわからないけれど、と言いながら、
仕入れ先が変わったことだけは教えてくれましたが、
それ以上はわからないということでした。
今後、黒っぽい方を再び入手できるという保証もないため、
仕方なく新しい、薄い色のものを1キロまとめ買いし、
これまで作った手板も作り直しました。
いや〜、大迷惑!
その後調べたところ、アメリカ人の書いた古典塗装技法書には
シードラックにも種類があるとして、写真が掲載されていました。
どうも古い方はランギーニ種、新しい方がクスミ種で、
実は透明なクスミ種の方が貴重で高級だということがはじめてわかりました。
B先生はAF Suterの前の社長?からもらったという
枝がついたスティックラックをガラス瓶に入れて飾っていて、
私は先生のお宅に行く度に、いいなあ〜、自分も欲しいなあ、といつも眺めていました。
AP FITZPATRICKでSticklacとして売っている品は枝が取られたものですから。
で、これは黒っぽいので、
当時はこれを水で洗うと透明になると思っていて、
友達から黒っぽいシードラックを譲ってもらい、
水洗い実験もしていたのです。
ロンドンの別の材料店L. Cornelissen & Son、Stuart Stevenson、
ドイツのKremer Pigmenteでも
仕入れているだけでよくわからないという返事でしたが、
Kremerのスティックラックは、インドは未加工品ラックを輸出しないから
ビルマ産だということだけ教えてくれました。
結局、ラックカイガラムシが生息できないヨーロッパでは
ラックの実態を知っている人がほとんどいないということがわかりました。
ジャパニングの復元研究で博論を仕上げたものの、
日本ではさらにラックに関する情報も少なく、
また、他の方からの興味も反応も予想外に少なく、かなりがっかりして、
数年は別のことをやっていましたが、
ある学会で、ラック色素から作られた「綿臙脂」の復元を熱望されている
日本画家のKさんにお会いし、熱心なお手紙を何度も頂いたことから、
ラックの研究を再開することとなりました。
そこから更に数年が経過してしまいましたが
調査をする度に新しい事実が判明します。
つまり、大量生産のためのラックの研究はされていても、
我々の知りたい、種による品質の差などの研究はほとんどされていないようなのです。
日本ででラックカイガラムシを育てられないのが大変もどかしいのですが、
現在わかっている事実だけでも皆さんと共有できればと思っています。
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