2019年9月30日月曜日

奇跡の再会

少し前の話です。

かつて、ブータンのパロ国際空港の出発ゲートの右手に
お土産物だけでなく、骨董品も売るお店がありました。
残念ながらその現場の写真を撮っていませんが、
しゃがんで見なければわからないような棚の一番下に
そういう品がホコリをかぶって置かれていたんです。

空港で骨董品を売っているなんて、
もしかしたら世界にここだけなんじゃないかと驚きました。

最初にこの骨董品売り場を見つけたのは2012年7月。
古ぼけた土器類の後ろの方から
漆が剥がれてヒビが入った杯を3つ発見しました。

(以下の写真は自宅に帰ってから撮影しました)


これは「gelong zhelcha」という、元々はお坊さんの使う杯。
「gelong」がお坊さんという意味です。



これは「lapho」という蓋付きのカップ。
ブータンの漆器は高台を削らないことがほとんどで、
漆すら塗られていないものも多いです。



そしてこれ、大きさは日本のお椀と同じくらいの器です。
蓋がついていたら「gopho」という携帯食器なんですが、
売り場のどこにも蓋らしきものはなく、
ブータンにこういう器もあるんだ、くらいにしか思っていませんでした。

この時、同じ飛行機に乗られるため、
たまたま偉いお坊さんがおられたんですが、
「何で新しいのを買わないの?こんなのは骨董じゃなくガラクタだよ。」
と呆れられました。
しかし、破損した漆器だから、
塗膜や素材の分析を心置きなくできるので、
我々にとっては貴重な資料なのだとご説明しました。

左手がその偉いお坊さん、右がそのお弟子さんでした。
お二人の携帯電話のカバーが、着ている衣の色と同じなのに感動し、
思わず写真を撮りました。

骨董品売り場はこの写真では左手の正面、
カラフルな手提げが並んでいる棚の一番下でした。

この後ブータンには3年行くことができませんでした。

久しぶりのブータン調査となった2015年6月、
パロ空港から出国の時、やはりあの骨董売り場に直行しました。

この時、棚にあった漆器は1つだけでした。

蓋つきの大きめの杯、
この蓋と身は別のものじゃないかと確認しても値札は1つ、
つまりセット売りでした。
他のお土産や食品も扱っている店の売り子さんは
この違和感に全く気づかず、
ブータンの手漉き紙で包んで普通に売ってくれました。

帰国してさっそく開梱、改めて見てみます。
蓋がしまらないし、バランスも悪いだけでなく、
木の種類も、漆の状態も違います。

どう考えても右は蓋なしの大きめの杯(Gadintinku)
だとすると、左の蓋は???

そういえば2012年に買ったお椀に木目が似ているような?
しまっておいたお椀を久しぶりに引っ張り出してみました。
そう思って見ると、
内側の黒い漆は一定の幅に剥げています。

さっそく蓋をかぶせてみると
ドンピシャ!
間違いありません。
これはこのお椀の蓋、つまり元々は「gopho」だったんです。

3年の間、いや、もっと長い間かもしれません、
ずっと離ればなれになっていたのが
何故か日本の我が家で奇跡の再会!

この蓋はどこに保管されていたのか、
そして3年もの間、私以外誰も買う人がいなかったことは、
偶然か必然か。

翌年2016年5月に訪問した時には、
パロ空港の出発ビルは新しい建物に移転してしまい、
この謎の骨董コーナーも消えてしまいました。

まさにギリギリで再会したこの蓋と身。
我が家でもう離れることはありません。

2019年8月20日火曜日

カンボジアの蓮糸製品



カンボジアのあちこちで蓮池を見かけます。

以前、新・東京スピニングパーティ2014に出展していた
町田市大賀藕絲館ブースでの藕絲(ぐうし)作りの
実演を見学した時の記事を書きました。


蓮の茎を折って出る細い繊維を撚って作るのが藕糸(写真上)
蓮の茎を苛性ソーダで煮て、粗い繊維を取り出して作るのが茄糸(かし)
2種の繊維は感触も作り方も全く違います。

その2年後の東京スピニングパーティ2016、
京都の西銘商事さんのブースで、蓮布を発見!
ひんやりぬめっとした感触、藕絲の布です。
とても手の出ないお値段はもちろんですが、
この布をサンプルとして1mだけ切るという行為自体も申し訳ない感じで、
布をひたすら触ってその独特の感触を覚えようとしました(迷惑な客)
伺ったところ、これはミャンマー産ということでした。

そしてようやく今年、カンボジアのLotus Farmを見学することができました。

Siem Reapの中心部から車で15分ほどの郊外の、大通り沿いにあります。
このあたりは地番も何もないので、目印はこの看板のみです。


高床式の建物で、風通しが良く涼しそうです。

早朝でもあり、作業をしていたのはたった2人だけでしたが、
繁忙期にはもっと多くの職人さんが作業をされるそうです。

糸作りの様子の動画です。

蓮の花の茎を集め、表面の皮だけうまく切れ目を入れたら
ポキッと折って、そこから細い繊維を引き出して、軽く撚って糸にしています。


ここはフランス資本で運営されているので、
解説パネルもわかりやすく作られていました。


全て天然素材で染めているそうです。
左手上2番目の細い糸の束が、熟練の職人さんが1日かけて作れる糸の量だそうです。
その重量はたった15g!
高価なわけです。


これはラックで染められた藕糸と、元の糸。






織機もありましたが、織り子さんはいませんでした。


蓮の花弁、雄蘂、花托をそれぞれ分けて乾燥しています。
花弁はお茶にするそうです。
試飲させていただきましたが、
お茶の葉っぱを混ぜたもので、なかなか美味しかったです。


小さな売店もありましたが、シルク製品がほとんどす。
藕糸を買いたいと言うと、市内中心部に戻る道路沿いの
Samatoa Lotus Textilesに行くように言われました。




蓮畑は工房の裏手にありましたが、
今年は雨季になっても雨がほとんど降らず、
蓮も枯れ枯れになっていました。


さて、市内方面に戻り、今度はSamatoa Lotus Textilesです。


玄関脇で何人かが作業をしていました。


何だこれ?おせんべい?紙?


実は、様々な植物性繊維を使って
ヴィーガン用の100%植物性フェイクレザーの試作品を作っているのだそうです。


この、棚の前に吊されているのが試作品です。
蓮だけでなく、いろいろなことをやっているようです。


さて、蓮糸です。
一階右手に、袋に入った大量の藕糸がありましたが、すぐには買えません。
二階のショールームに行くように促されます。




サンプルの前で、英語の達者なカンボジア人職員の方が解説です。
蓮だけではなかなか製品ができないからか、
他の素材との混紡も多く作っているようです。
全て天然素材で染めているそうです。





せっかくなので布のサンプルも欲しいと聞いたところ、
買えるというので店内で待っていたら、
わざわざ1枚づつ10cm四方に布を切ってサンプルを作っていたようで、
相当な時間がかかった挙げ句、
頼んでないものまで持ってきて「セットでなければ売れない」と言うので
安いものでもなかったのでお断りしました。
糸も1袋単位(数万円)でないと販売できないと言われ、断念。

フランス主導ということもあるのでしょうが、
この会社は蓮を育て、糸を作り、
それを織って染めて縫った
西洋人の生活にもなじむ、ひと味違う高級な製品を売ることで、
より多くの収益を上げ、より多くの雇用を目指す、という目的があるのだなと
理解しました。

地元の女性達が加工を行うハンドメイドでありながら
最終的には、海外富裕層向けの一点物という
立派なブランド製品になっているのです。


右にあるのは、フランスの大臣が訪問したときの写真だそうです。

ミャンマーのインレー湖にある
Aung Sakkyar Lotus Robeの工房
https://www.facebook.com/aungsakkyarlotusrobe/
他の方のブログ論文動画などを見る限りでは
袈裟などの仏教的な品が作られているなど
現在も国内での需要があるように思われます。

このあたりの差別化はさすがフランス人だと思いました。

2019年7月21日日曜日

理想の色と化学染料(2)

これまでも何度か化学染料の染めは見る機会がありました。
これはラオスで見たもの。

タイ製の染料のようです。
この袋の粉末を沸騰したお湯に入れて溶かし、
糸を入れて加熱するだけ。助剤もなし。

加熱もわずか10分くらいでした。
「今はこんな便利で綺麗な色が出るなものがあるのだから、
天然染料にこだわる必要はない。
でも、加熱している時は臭いけどね」

天然染料では絶対に出ない色合いです。
こんなに簡単なら専門の染め職人なんか必要ないなあ、と思っていました。

アッサム州のブータン国境近くの染色工房を見るまでは。

メインストリートから歩いて数分の場所に工房はありました。
創業してから30年ほどだそうで、それほど古くはありません。
ブータン染織品の色が揃っています。

ご主人は糸の精練の最中でした。

左は機械紡ぎ、右は精練前の手紡ぎの野蚕(ブラ)糸です。
これはどちらも精練済み。左が手紡ぎ、右が機械紡ぎです。

この工房が使っているのは全て化学染料です。
さっそく、これから染めるところを見せてくれることになりました。
鍋の水は100リットル、
機械紡ぎの糸よりも、手紡ぎ糸の方が水をたくさん必要なのだそうです。

精練済みの糸5kg分はあらかじめ2本づつの棒にかけたものを
9つ分準備してありました。

25歳の息子さんが染料の準備に入ります。

あれ、染めるのは1色ですよね?

実はラック色を出すには、赤、ピンク、紫の3種の化学染料を
15:15:1という微妙な割合で配合しているのだそうです。

黄色を出すには黄色と黄緑の2種、
緑は4色、深緑は3色、藍色は3色、などなど。
配合比は秘密かと思いきや、それぞれの重量も続けて教えてくれはじめたので
慌ててメモをとりました。
(ピンクとオレンジだけは染料1種のみでしたが、入れる量が異なりました)

そして、サンプルとしてその比率の染料を小分けしてくれました。

これらは直接染料で、助剤には塩酸を使うそうです。
このポリタンクに入っていたのが塩酸です。素手でマスクもなし。
塩酸も持っていくか?と言われましたが、さすがにお断りしました。

これを沸かしておいたお湯に溶かしてよく混ぜます。


そして、糸を一気に鍋に入れて染めます。
2本の棒をうまく使い、糸同士がからまないように動かしています。

たった1分でこんな色になりました。

この後、高温で最低30分(でないと色が褪せやすい)
5分おきに糸をひっくり返しながら煮続けるそうです。

この近くにラックの産地がありますが、
25歳と18歳の2人の息子はラックを一度も見たことがないそうです。
55歳のご主人は、昔使っていたことがあるけれど、
値段が高いので、いつも化学染料と一緒に使っていたとのこと。
ラックだけだと色が薄く、鈍いのだそうです。
その他の天然染料も然り、でしたが、
唯一、酸度調整用の乾燥ボケの実がありました。
ブータンでは「コマン」と呼ばれる酸っぱい果実です。

ここはインド人用の糸も染めており、
インド人は機械紡ぎの糸を好み、
ブータン人は手紡ぎ糸を好むとのこと。
こんな布になるんだよ、と見せてくれました。

ちなみにこちらもムスリムのご一家で、染め作業は全て男性がやっていました。
完成した糸の鮮やかさ(周囲の光と空気の影響は大きいです)
作業中の皆さんの無駄のない動き、
そして、各色の染料の配合比を全て暗記している(!)。

彼らにとってこれらの色は「記号」であり、
「記号」少しでもが違ったら、意味が変わってしまうのです。

もし将来、この化学染料が製造中止になっても、
彼らは試行錯誤を繰り返し、
目指す色を染めるための最適な配合を見つけるでしょう。