「地の粉が欲しい。」
1989年の天安門事件後の10月に中国を再訪し、
当時、北京の中央工芸美術学院に留学していたCさんから、
欲しいものを聞いた返事です。
「地の粉(じのこ)」と言えば、漆の人間なら
漆塗りの下地として漆に混ぜて使う「山科地の粉」や「輪島地の粉」を連想しますが、
Cさんは日本の大学院の彫金科を出た後で中国に留学した人で、
彫る器物を固定するヤニ台に使う、
彫金用地の粉が中国で見つからないということでした。
(中国では違うものを使っているようです)
さっそくCさんの先生、S先生のところに行きました。
当時、彫金用の地の粉は既に製造が中止されていたにも関わらず、
ご自分の最後の20キロ入りの袋を指さし、
「好きなだけ持って行っていいよ」
と気前良くわけて下さいました。(さすがは「仏のS先生」)
当時は100円ショップもない時代ですから、
タッパー代わりのホームサイズのアイスクリームの空容器に入るだけ頂き、
さらに「良かったら漆で使ってみたら?」と言われ、私も少し頂戴しました。
自分の作品に使いましたが、もちろん全く問題はありませんでした。
彫金用の地の粉と漆芸用の地の粉の違いは何でしょうか?
現在は、彫金用具の店でも山科地の粉を販売しているようですが、
彫金用の地の粉は、素焼きの土、
つまり煉瓦や植木鉢のようなものを砕いた粉末だったという話です。
真ん中がS先生の彫金用地の粉、周囲4つは全て山科地の粉です。
(左下以外は人から譲ってもらったもので、詳細は不明です)
写真ではわかりませんが、この中では彫金用地の粉が一番細かいです。
「山科地の粉」という名称で販売されている商品には
粗いものや細かいものなど数種類あります。
元々は山科で取れる砥石の粉の粗いものが「地の粉」、細かいものが「砥の粉」
という差なので、入手時期によって色も微妙に違います。
詳しくは製造会社のホームページで説明されています。
彫金用地の粉を話を漆のM先生にしたところ、
かつて漆用に販売されていた「東京地の粉」というのが同様に素焼きの粉で、
テニスコートに撒く「アンツーカー」も同じものだ、と教えて下さいました。
アンツーカーをどこかのテニスコートでわけてもらうか、
中国なら、煉瓦か瓦を砕いて篩えばいいんじゃないか、とのこと。
確かに、足りなくなる度に日本から持って行くのもばかばかしいですよね。
それから10年後、イギリスに再度滞在となった時、
現地の材料で漆工製作は可能だろうかというテーマで、
イギリスで入手できる粉を使った漆下地の実験をしました。
もう一つの目的として、輪島地の粉が入手できなくなった時の代用品になるものが
もしかしたら海外には普通にあるのではないかと、
研磨材として使われているRottenstoneや、Pumice Powder、Tripoli、
充填材のFuller's Earth、Marble Dust、Gilding Boleなど
入手できるものを手当たり次第試してみました。
ギルディングの下地に使うWhitingや、
骨灰のようなアルカリの強いものはやはり漆の乾きが悪かったり、
Marble Dustのように乾くと固くなりすぎて研ぎにくいものがあったりなどの
問題もありましたが、
問題もありましたが、
ほとんどの粉は漆に混ぜての使用が可能でした。
つまり、日本の下地粉にこだわらずとも、漆さえなんとか入手できれば
イギリスでも漆工品製作は十分できるということが証明できたのです。
(残念ながらその後作品を作る余裕は全くありませんでしたが)
この実験手板数十枚を並べて修了展で展示したところ、
粉の種類によって微妙に異なる色あいがとても美しい、
(ギルディング用の箔下砥の粉には複数色がありますので)
(ギルディング用の箔下砥の粉には複数色がありますので)
上から漆を塗ってしまうのは勿体無い。
これで絵を描いたらどうだ?とまで言われました。(笑)
これらのうち、研磨材として使うRottenstoneは輪島地の粉と同じ珪藻土です。
(Rottenstoneには風化した石灰岩でできたものもあるようで、
別名ともされるTripoliはもちろんリビアの首都の名前からきていますが、
現在では他国産がほとんどで、白やピンクやベージュなど様々な色があり、
それぞれ粗さも微妙に異なります。)
(Rottenstoneには風化した石灰岩でできたものもあるようで、
別名ともされるTripoliはもちろんリビアの首都の名前からきていますが、
現在では他国産がほとんどで、白やピンクやベージュなど様々な色があり、
それぞれ粗さも微妙に異なります。)
左が輪島地の粉4辺地、右がRottenstone(Mylands社販売)
http://www.mylands.co.uk/p-223-rottenstone.aspx
http://www.mylands.co.uk/p-223-rottenstone.aspx
このMyandsのRottenstoneは輪島地の粉の4辺地よりもずっと細かく、
輪島地の粉は米粉で作った糊(姫糊)を混ぜないと使えないので、
糊を作る手間がかかるのに比べ、
Rottenstoneは糊なしでも使え、価格も普通で、これは画期的な素材だと喜んでいたのですが、
つい数日前、K美大を出たNさんから、
K美大では輪島地の粉に糊を入れないで使っていた、という話を聞いてびっくり!
「輪島地の粉には糊を混ぜないとモサモサして使えない」というのは
先生から教わっただけでなく、漆のバイブルでもある澤口悟一著
「日本漆工の研究」にも書かれており、
一度も実験することもなく信じて疑っていませんでしたが、
そう言われたら実験するしかありません。
輪島地の粉(3辺地)に水を混ぜず直接瀬〆漆に入れて練ったもの(1)と
水で練った輪島地の粉に瀬〆を混ぜたもの(2)を作り、手板に塗ってみました。
想像していたよりもはるかに普通にペーストになりましたが、
作業性においては、糊を入れた地の方がスムースに塗布できるという感じがしました。
水を加えていない(1)は漆風呂に入れなければ固まらないはずなので、
普通に湿した風呂に入れました。
(2)は、普通に室内に置きました。
(真冬ですから夜間は0度近くになっていたはずです)
その結果
左が(1)、右が(2)です。
表面を少し研いでみました(右上斜め部分)
寒さのせいもあってか(1)はまだ固まっていませんでしたが、
(2)は24時間経っていないにも関わらず、十分固くなっていました。
地に糊を入れるのは後の研ぎの作業性も考慮した結果なのでしょうが、
強度面からすれば糊を入れない方が圧倒的に丈夫なのは間違いありません。
(1)もこのまましばらく置いておけば膿まないで固まりそうな感じがしますが、
これを研ぐのはかなり大変そうです。
しかし、何でも試してみないと本当のところはわからないものだなと
改めて納得した次第です。
また、輪島地の粉も自分が学生時代から
もうすぐ材料の土がなくなる、なくなると言われ、
当時から輪島漆器組合の組合員限定販売とされていましたが、
まだ作っているようで良かったです。
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