2015年4月11日土曜日

伊勢神宮にあった年号

地元のショッピングモールの懸賞の伊勢神宮日帰りバスツアーが当たり、
生まれて初めて行って来ました。
当たり、と言っても、応募した人が全員当選じゃないかという、
伊勢神宮の滞在時間よりも複数のお土産センター滞在時間の方が圧倒的に長いような
買い物ツアーに近いようなものでしたが、
それでも電車を乗り継ぎ、最寄り駅から歩いて行くよりはずっと楽ですし、
こういう機会でもないと一生行けなかったかもしれません。

ほとんどの方は伊勢神宮には何度か来られていて既に境内もご存じで、
お参りを済ませるとおかげ横町の方に行かれたのでしょう。
初めての私は集合時間ぎりぎりまで境内をうろうろしていましたが、
同じバスの方にはほとんどお会いしませんでした。

行かれた方はご存じと思いますが、内宮は手前から撮影禁止で、
境内もかなりの場所が「立入禁止」の札が立っており、
思ったより写真を撮れなかったのが残念でしたが、
それでも珍しいものはないかと観察していたところ、
「風日祈宮」という別宮に行く橋の欄干にある擬宝珠が目に入りました。
お、銘が書かれているようです。

嘉永6年に作られたもののようです。
「奉行 嘉永六癸丑年 六月吉祥日 山口丹波守 源正信
御鋳物師 蛸路住 常保河内作」

同じ橋の欄干の反対側は色も形も違います。

こちらの擬宝珠の方がまるい感じです。

「太神宮 風宮 五十鈴川御橋 明応七年 戌午
本願観阿弥 敬白」
  と、こちらの銘には明応7年とあります。
銘の彫り方もですが、宝珠部分に銘を入れるというのも珍しいような。

最後に、最初に渡った宇治橋も見てみました。
「天照皇太神宮
御裳濯川 御橋 元和五己未年 三月」
と、こちらは元和5年の作です。

恥ずかしながらこれらが西暦何年にあたるのかさっぱりわからないので、
後で調べてみたところ、
明応7年 (1498年)
元和5年(1619年)
嘉永6年(1853年)

と、風日祈宮の手前の右側にの擬宝珠はなんと室町時代のものでした。
こんな古いものが屋外にきちんと残っていることに驚きです。
擬宝珠の形状ももちろんですが、
それぞれの時代で、金属の配合割合も違うんでしょう、
大変興味深いです。

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